優れたアイデアが、シャワーを浴びている時に訪れるということは、古くから経験則として知られていた。だが、それがなぜ起こるのか、一部で判明していることもあるが、実験では再現できないこともあるなど、長い間謎であった。だが今回バージニア大学の研究により、この「シャワー効果」について、新たな知見が得られたようだ。
研究はバージニア大学哲学科助教授である、ザック・アーヴィング(Zac Irving)氏が主導したものだが、結果として、「物事への揺るぎない集中が創造性の敵である可能性」を暗示しているという。
- 論文
- Psychology of Aesthetics, Creativity, and the Arts: The shower effect: Mind wandering facilitates creative incubation during moderately engaging activities.
- 参考文献
何かの問題に集中して取り組んでおり、行き詰まったとき、あなたはどうするだろうか?恐らく、気晴らしに全く別の作業をすると良い結果が得られることが分かっている。それは例えば散歩だったり、シャワーを浴びたりするだろう。結論として、創造性を発揮したいのならば、あまりに退屈すぎる作業を気晴らしに行うことは、実は創造的なアイデアを生み出すことには繋がらないのだ。
これには、「マインドワンダリング」が関係しているのではないかと考えられている。マインドワンダリングとは心理学用語で、過去の記憶を思い出したり、未来を想像したりして、今の状態とは違うことを考えている状態である。
歴史的に、シャワー効果に関する実験は数多く行われてきたが、結果は一貫性のないものだった。ある研究では、創造性を発揮させることがわかったりもしたが、他の研究では、その結果を再現することができなかった。
アーヴィング氏は、これがそもそも実験のデザインそのものに問題があるのではないかと考えた。つまり、「マインド・ワンダリング」と「退屈」を混同してしまったことで、適切な作業の下に実験が行われなかった可能性があるとの事だ。同氏は創造的なアイデアを生み出すには、“自由な発想”と“集中した思考”との微妙なバランスが必要であるのではないかと仮定した。
アーヴィング氏曰く、これまでの実験は「マインドワンダリングを測定していなかった」とのことだ。「彼らは、参加者がどれだけ気が散っているのかを測定していたのです」とアーヴィング氏は指摘する。
実際、過去の実験で用いられた測定方法は「ディスプレイに表示される数字をクリックする」と言った、至極単純なもので、現実世界ではほとんど行われないような“退屈”な作業が採用されていた。
2015年の研究では、退屈すぎて、作業とは関係のない考えに気が向いてしまうようでは、創造的なインスピレーションを得られないことが分かっている。つまり、創造的な思考には、ある程度の制約が必要とのことだ。
こういった問題を補うため、アーヴィング氏らは新しい実験を設計した。
まず最初に、参加者(222名。ほとんどが女性)に対して、90秒間の間に「レンガ」または「クリップ」の新たな用途をできるだけ多く考え出してもらった。
その後、参加者には2つの作業のうち1つがランダムに割り当てられた。1つめのグループは、映画『恋人たちの予感』の中のワンシーン。メグ・ライアンが混雑したレストランで、オーガズムを装う方法を演じているシーンを3分間見せられた。もう一方のグループは、男性がひたすら洗濯物をたたむ3分間のビデオを見せられた。
その後両方のグループには再度、レンガとクリップの新たな用途を思いつく限り考え出してもらうことを45秒行った。
実験終了後、参加者がビデオを見るセッションの間に、どれだけ気が散ったか(頭の中で色々な話題が移動したか)を報告してもらった。
創造性の評価は、生み出したアイデアの数と、独創性に基づいて行われた。
結果として、『恋人たちの予感』のビデオを見ているとき、マインドワンダリングの量と創造的なアイデアの生成の間に正の相関があったことが分かった。逆に、洗濯物をたたむだけの退屈なビデオを見せられたグループでは、マインドワンダリングの報告は少なく、創造性の評価ももう一方のグループと比較して低かった。
「私たちが本当に知りたかったのは、どのビデオがより創造的になるのに役立っているかということではありません。問題は、退屈な作業や魅力的な作業中に、マインド・ワンダリングが創造性にどのように関係しているかということでした。」とアーヴィング氏は述べている。
研究者たちが発見したのは、マインドワンダリングは役に立つが、それは時々だということだ。具体的には、「退屈なビデオ」ではなく「魅力的なビデオ」を見ているときだけ、マインドワンダリングがより多くのアイデアに結びついたのだ。
「これらの結果は、魅力的なタスクと退屈なタスクでは、異なる種類の思考が創造的なインキュベーションを促進することを示唆している」と著者らは結論づけている。
更に別の実験が行われた。2つめの実験では、118人の参加者を対象に1つ目と同じ実験を繰り返したが、今回は、グループの半分には、ビデオの後に元のタスクに戻ることを具体的に伝え、残りの半分には、そうなるかもしれないという「ぼんやりした」指示しか与えなかった。
その後、参加者はビデオをどの程度魅力的に感じたかを報告した。
2番目の実験の結果は、1番目の実験で得られた1つの知見を裏付ける物だった。すなわち、「マインドワンダリング(自由に揺れ動く思考)は何らかの制約を与える適度に魅力的な活動中にのみ、新規のアイデアの創出を促進する」ことを示唆していたという。
興味深いことに、あらかじめ元の課題に戻ることが伝えられたグループは、退屈なビデオの中でより多くのアイデアを生み出したが、創造性の得点は低かった。
これは、洗濯のビデオを見せられるセッションでは、まだ元のタスクのことを考えていたことを示唆している。一方、映画を見せられたグループは、参加者が両方のタスクの間に興味深いつながりを作る能力を可能にするのに十分なほど気が散っていたのだ。
「退屈な活動では問題解決に集中する時間を確保することでアイデアが生まれ、魅力的な活動では生産的なマインドワンダリングを促進することでアイデアが生まれる可能性がある」と著者らは結論づけている。
シャワー効果の「なぜ」を探るにはさらなる研究が必要だが、この新しい結果は、シャワーを浴びるような穏やかなタスクが、現実の世界で創造的な思考を生み出すのにどのように役立つかについて、より良いアイデアを与えてくれる。
研究の要旨
人はしばしば、シャワーを浴びたり歩いたりするような適度な活動中に、創造的なアイデアを生み出すようである。このシャワー効果の説明の1つは、創造的なアイデアの生成には、集中した直線的な思考(独創性が制限される)と無制限のランダムな連想(ほとんど役に立たない)のバランスが必要であるということだ。ウォーキングのような活動は、思考に何らかの制約を与える魅力的な環境の中で、心の迷いを許容することで、このバランスをとるのに役立つかもしれない。過去の研究では、マインドワンダリングと創造的なアイデア創出の間に一貫性のない関係があることが判明しているが、それには2つの限界がある。まず、創造性の研究者は、マインドワンダリングの重要な形態である、自由に動く思考を研究していない。また、退屈な課題を用いているため、無制約で非生産的なマインドワンダリングが助長される可能性がある。これらの限界を克服するために、我々は、退屈なタスクと魅力的なビデオタスクにおけるアイデア生成と自由に動くマインドワンダリングの関係について調査した。2つの研究において、マインドワンダリングはより創造的なアイデアを生み出すが、それは適度に魅力的な活動をしているときだけであることがわかった。退屈なアクティビティでは、より多くのアイデアや意味的に離れたアイデアを生み出すが、これらの効果はマインドワンダリングとは無関係であった。したがって、退屈な活動では問題解決に集中する時間を確保することでアイデアが生まれ、魅力的な活動では生産的なマインドワンダリングを促進することでアイデアが生まれる可能性がある。
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