スポーツ選手やクリエイター、果ては研究者など、人間は完全に作業に没頭している時に、体感時間さえも歪ませてしまう状態である「フロー」に入ることが知られている。
これは、著名な心理学者Mihaly Csikszentmihalyiによって初めて発見され、研究されたもので、楽しみ、ひらめき、決意を育むような没頭的な精神状態を指す。
Csikszentmihalyiが言うように、フローとは「人がある活動に没頭するあまり、他のことがどうでもよく思えてくる」状態だ。
この精神状態は、実際の心理現象であるが、まだあまり理解されておらず、様々な理論が提唱されてきた。1つは、フローは超集中状態であり、他のことを完全に排除することで高いパフォーマンスが可能になるというもの。別の理論では、デフォルトモードネットワークが自由な発想を生み出し、前頭葉の実行制御ネットワークがそれを統制する、というものだ。
今回、米国のドレクセル大学の研究者たちによる新しい研究は、フロー中に人間の脳の中で何が起こっているのかに光を当て、それを達成する方法について新たな洞察を与えている。
ドレクセル大学の研究チームは、フローとは「熟練者が意識的制御を手放した状態」ではないかと考えた。長年の経験を経て、特定の作業に特化した脳の領域ネットワークが発達する。時間をかけて深い経験を積むことで、そのネットワークに作業を任せきり、無意識の状態でスムーズに作業を遂行できるようになる、というわけだ。
研究チームはこの理論を検証するため、熟練と未熟練のジャズ演奏者32名をスキャンし、即興演奏中の脳活動を記録した。これまでの研究で示されているように、音楽の即興演奏は、言語や視覚的イメージを含む自己表現に関連する脳領域を活性化する一方、抑制に関連する領域を静めるようである。
研究者たちは、ギタリストたちのジャズ即興演奏を192回録音し、それを4人のジャズ専門家に聴かせた。
その結果、熟練演奏者はフロー体験を頻繁に報告し、脳活動からもフロー状態の特徴が見て取れた。具体的には、演奏に関連する聴覚・運動領域は活発化する一方で、実行制御に関わる前頭葉の活動が著しく低下していたのだ。
経験による熟練はフローを生み出す秘訣の一部ではあるが、それほど単純なものではない、と研究者たちは指摘している。
脳波はまた、実行制御に関連する脳領域である上前頭回での活動の低下も示した。この発見は、創造的なフローは意識的なコントロールの低下、すなわち「流れに身を任せる」ことに部分的に依存しているという考えと一致する。
全体として、この新しい研究は、創造的フローに関する「専門知識+解放」という概念を支持している、と共著者であるクリエイティビティ・リサーチ・ラボのJohn Kounios所長は説明する。
「これらの結果の実用的な意味は、特定の創造的なアウトプットの専門性を高めるための練習と、十分な専門性が得られたときに意識的なコントロールを解除する訓練によって、生産的なフロー状態に到達できるということです。これは、創造的なアイデアを生み出すための新しい指導法の基礎となりえます」と、Kounios氏は述べている。
この方法は誰にでも有効だと彼は指摘する。
「アイデアを流暢に流せるようになりたいのであれば、音階や物理学の問題、あるいはコンピュータのコーディングや小説の執筆など、創造的にやりたいことに取り組み続けてください」とKounios氏は言う。
「しかし、その後、手放すことを試してみてください。ジャズの巨匠Charlie Parkerが言ったように、『楽器を学ばなければならない。そして、練習、練習、練習。そして、ついにバンド・スタンドに立ったら、そんなことは忘れて、ただ泣き叫べ』なのです」。
論文
- Neuropsychologia: Creative flow as optimized processing: Evidence from brain oscillations during jazz improvisations by expert and non-expert musicians
参考文献
- Drexel University: Your Brain in the Zone: A New Neuroimaging Study Reveals How the Brain Achieves a Creative Flow State
- via PsyPost: Scientists team up with jazz musicians to reveal the neuroscience of creative flow
研究の要旨
創造的な制作課題であるジャズの即興演奏を用いて、我々はフロー体験に関する代替仮説を検証した。(A)フロー体験は経験によって最適化された領域特異的処理の状態であり、タスク陰性デフォルトモードネットワーク(DMN)活動からの干渉が最小限であることを特徴とするという仮説と、(B)フロー体験は、前頭-頭頂制御ネットワーク(FPCN)によって監督された領域全般的タスク陽性DMN活動をリクルートし、アイデア出しをサポートするという仮説である。我々は、ジャズギタリストが与えられたコードシーケンスに合わせて即興演奏している間の脳波を記録した。彼らのフロー状態をコアフロー状態尺度を用いて測定した。フローに関連する神経源はSPM12を用いて再構成した。すべてのミュージシャンにおいて、高フロー(低フローと比較して)の即興演奏は一過性の前頭前野機能低下と関連していた。高経験のミュージシャンの高フローの即興演奏では、DMN後方ノードの活動が減少した。低経験の音楽家はフローに関連したDMNやFPCNの変調を示さなかった。また、高経験の音楽家はモダリティ特異的な左半球のフロー関連活動を示し、低経験の音楽家はモダリティ特異的な右半球のフロー関連不活化を示した。これらの結果は、創造的なフローは、認知的制御の低下と対になった広範な練習によって可能になった、最適化された領域特異的処理を表すという考えと一致している。
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