Project 8によって、史上初となるニュートリノの質量測定が実現するかも知れない

masapoco
投稿日 2023年9月15日 11:46
Cyclotron Radiation Emission Spectroscopy CRES

“幽霊粒子”とも呼ばれる「ニュートリノ」は、電荷を持たず、他の物質と反応しないとらえどころのない素粒子であるが、我々の宇宙を構成する粒子の中で非常に大きな役割を果たしている。

存在が予言されて以来、謎の多いこの粒子は長い間、“質量を持たない”と考えられてきたが、1998年にスーパーカミオカンデ検出器によってニュートリノも質量を持つことが発見され、K2K実験によって人工的に作り出されたニュートリノによる実験でも、質量の存在が99.99%の確度で検証されている。

我々の宇宙がどのようにして誕生したかを完全に説明するためには、ニュートリノの質量を知る必要があるが、これまでの所、ニュートリノの質量を計測することには成功していない。

だが現在、「Project 8」と呼ばれるアメリカとドイツの国際研究チームは、彼らの取り組みが近く実を結び、ニュートリノの質量測定に近く成功する可能性があると報告している。

ニュートリノの質量を“間接的に”測定する

最新の研究で、プロジェクト8の研究チームは『Physical Review Letters』誌に、ベータ崩壊と呼ばれる自然現象を、「サイクロトロン放射分光法」で確実に追跡・記録できることを報告した。彼らはニュートリノの質量を直接測定するのではなく、発想の転換を行い、間接的に測定する戦略を考案した。ここでキーとなるのが、福島第一原子力発電所の処理水でも取り上げられることの多い、“トリチウム”だ。

放射性元素であるトリチウムが、ヘリウムイオン、電子、ニュートリノという3つの素粒子に崩壊するとき、それぞれの事象は微量のエネルギーを放出する。

特殊相対性理論のおかげで、トリチウム原子の総質量がエネルギーと等しいことを我々は知っている。ベータ崩壊によって生成された自由電子を測定し、全質量がわかったとき、”足りない”分のエネルギーはニュートリノの質量と運動である事になる。

エネルギー省パシフィック・ノースウェスト国立研究所の主任研究員の一人であるBrent VanDevender氏は、「原理的には、技術開発とスケールアップによって、ニュートリノの質量を突き止める事が現実的になってきました」と言う。

このアプローチは、サイクロトロン放射分光法(CRES)と呼ばれる技術に依存する。CRESを用いることで、磁場に沿って移動する際に、逃げる電子からマイクロ波放射を捕らえることができ、それによって付随するニュートリノの影響を推測することができる。

「ニュートリノは信じられないほど軽いのです。実に、電子の50万倍以上軽いのです。ですから、ニュートリノと電子が同時に作られるとき、ニュートリノの質量は電子の運動にほんのわずかしか影響を与えません」と、イェール大学の物理学者Talia Weiss氏は説明する。同氏は電子的なバックグラウンドノイズから電子信号を検出する方法を長年研究してきた

そのため、その測定には前例のない超高精度が要求される。

CRES自体は、マサチューセッツ工科大学の物理学者によって10年以上前に発明された。だが、2022年、これによって初めてKATRIN研究チームがトリチウムのベータ崩壊を測定し、ニュートリノの質量の上限を確定した。さらに、CRESはこの種の他のどの技術よりもスケールアップし、発展する可能性を秘めている。

現在のCRES検出器は、1電子ボルト(eV)の精度で電子の持つエネルギーを検出できるという。だがWeiss氏によると、Project 8ではすでに高精度のCRES検出器を開発しているそうだ。ちなみに、この1eVボルトがどの程度の微量なエネルギーになるかだが、チーズクラッカー1つが持つエネルギーが、100,000,000,000,000,000,000eVである。カロリーで言えば、5kcalだ。どれだけ小さいか分かるだろう。

Project 8では、10倍から20倍の精度を持つCRES検出器の建設を目指している。そのためには非常に均一な磁場が必要で、それによって電子は予測可能な方法で渦を巻くようになる。もし彼らがその精密な検出器と十分な電子を組み合わせれば、電子の1000万倍も軽いニュートリノの重さを測ることができるはずだ。

研究者たちが指摘するように、ニュートリノの質量は、原子核物理学、素粒子物理学、天体物理学、宇宙論など、あらゆるスケールの物理学において不可欠である。この粒子の重さを測ることができたら、物理学のまったく新しい分野が生まれるかもしれない。


論文

参考文献

研究の要旨

ニュートリノ質量の絶対スケールは,素粒子から宇宙論的なスケールに至るまで,あらゆるスケールの物理学において重要な役割を果たしている。トリチウム終点スペクトルの測定は,ニュートリノの質量スケールに関する最も正確な直接限界値を提供してきた。このレターでは,プロジェクト8によるサイクロトロン放射光分光法(CRES)の進歩が,周波数に基づくニュートリノ質量の限界値を初めて達成したことを紹介する。cm3スケールの物理的検出容積では、検出限界mβ<155eV/c2 (152  eV/c2) は、ベイズ(頻度論的)分析において、連続トリチウムベータスペクトルのバックグラウンドのない測定値から抽出される。83mKrの校正データを用いると1.66±0.19eV(FWHM)が測定され、検出器応答モデルが検証され、数keVのトリチウム分析窓にわたる効率が特徴付けられた。これらの測定は、低バックグラウンドと高分解能を特徴とする高感度次世代直接ニュートリノ質量実験に対するCRESの可能性を立証するものである。



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