スカンジナビアやオランダで親しまれている「サルミアッキ」と呼ばれる菓子は、甘草の一種であるリコリスから抽出した成分を配合した「リコリス菓子」に塩化アンモニウムを添加した独特の味をしている。そのサルミアッキのキャンディは「世界一まずいキャンディ」と評される程だが、実はこの塩化アンモニウムを、人間の舌に存在して味を感知する器官である味蕾が感知する事が新たな研究から判明した。この発見は、新たな第6の基本味覚の存在を証明するものだという。
うま味は、1908年に池田菊苗によって発見された後、1990年にようやく明瞭な味として認識され、それまで定番だった甘味、酸味、塩味、苦味の4つの味に加わった。そして今回、USC Dornsife College of Letters, Arts and Scienceの研究者が率いる研究が、6番目の基本味である塩化アンモニウムの証拠を発見した。
ちなみに、6番目の基本味覚の候補については、九州大学五感応用デバイス研究開発センターの安松(中野)啓子氏らの研究によって「脂肪味」の存在も示唆されている。
今回の塩化アンモニウムの新たな味覚としての存在を示す研究の筆頭著者であるEmily Liman氏は、「スカンジナビアの国に住んでいる人なら、この味になじみがあり、好きかもしれません」と、述べている。サルミアッキは、スカンジナビアの人々にとっては馴染みである苦味、塩味、そして少し酸っぱいという独特の風味があるが、アンモニア臭と強い塩味は、その他の地域では食べられない。「ゴムに塩と砂糖をまぶしたような」味と言われる程で、「世界一まずい」と言われる程だが、この地域の人々の中には「食べないと禁断症状が起きる」と述べる人もいる。
味覚は、摂取された化学物質が舌や口蓋にある特殊な味細胞と相互作用することで生じる。味細胞は5つの基本的な味にそれぞれ反応し、神経伝達物質を神経に放出する。
酸味を感じる食品は酸が多く、pHが低く水素イオンが多い。酸っぱい味細胞が酸にさらされると、水素イオンが細胞膜を移動して電気信号を発する。研究者らは以前、酸っぱい味細胞がオトプテリン1(Otop1)遺伝子を発現し、OTOP1というタンパク質をコードして、細胞に低pHと酸味を感知する能力を与えるプロトンチャネルを形成していることを発見した。
今回の研究では、塩化アンモニウムを感知する舌の能力に、酸っぱい味細胞とOTOP1が寄与しているかどうかを調べることにした。研究チームは、実験室で培養したヒト細胞にOTOP1遺伝子を導入し、その一部を酸または塩化アンモニウムに暴露した。その結果、塩化アンモニウムは酸と同じくらい効果的にOTOP1レセプターを活性化することがわかった。マウスを使った実験では、Otop1遺伝子を導入したマウスは塩化アンモニウムを回避したが、遺伝子をノックアウトしたマウスは回避しなかった。
アミノ酸の分解産物であるアンモニウムとそのガスであるアンモニアは、一般的に人間や他の動物にとって有毒である。研究者たちは、今回の発見をもとに、塩化アンモニウムを味わう能力は、生物が有害物質を避けるために進化したのではないかと推測している。
「アンモニウムはやや有毒です。ですから、それを感知するために味覚のメカニズムが進化したのは理にかなっています」と、Liman氏は述べている。
研究者たちは、生物種による違いも観察した。ヒトとマウスのOTOP1チャネルは塩化アンモニウムによって強く活性化され、ニワトリのOTOP1チャネルはより感受性が高く、ゼブラフィッシュは塩化アンモニウムにあまり感受性がなかった。研究者らによると、こうした生物種の違いは、それぞれの生物の生態学的ニッチを反映しているという。例えば、鳥類は酸味に対してあまり敏感ではないことが知られているが、その一方で、糞に含まれる塩化アンモニウムの摂取を避ける必要がある。
研究者らは、塩化アンモニウムに対するOTOP1レセプターの反応をさらに調べ、その進化的意義について解明する予定である。
実際の味覚を「塩化アンモニウム」と表現することはないだろうが、この味に新たなネーミングが付けられ、他の5つの基本味に加わる日が来るかもしれない。
論文
- Nature Communications: The proton channel OTOP1 is a sensor for the taste of ammonium chloride
参考文献
- USCDornsife: And then there were 6 — kinds of taste, that is
- via NewAtlas: New taste: Sweet, salty, bitter, sour, umami and … ammonium chloride?
研究の要旨
アンモニウム(NH4+)はアミノ酸の分解産物であり、高濃度になると毒性を示すが、線虫からヒトに至る生物の味覚系で検出され、脊椎動物の味覚研究において数十年にわたって利用されてきた。今回我々は、酸味(III型)味覚受容細胞(TRC)に発現するプロトン選択性イオンチャネルOTOP1が、塩化アンモニウム(NH4Cl)のセンサーとして機能することを報告した。細胞外NH4Clは、マウスOTOP1(mOTOP1)、ヒトOTOP1、その他のOTOP1変種を発現するHEK-293細胞において、用量依存的に大きな内向き電流を引き起こし、それは細胞質をアルカリ化するOTOP1の能力と相関していた。mOTOP1 tm 6-tm 7リンカーに保存されている細胞内アルギニン残基(R292)の変異は、酸刺激に対するNH4Clに対する反応を特異的に低下させた。単離したIII型TRCや味覚神経から測定したNH4Clに対する味覚反応は、Otop1-/-マウス系統では強く減弱するか消失した。タイプII TRCを欠損したSkn-1a−/− マウスでは減少していたNH4Clに対するマウスの行動的嫌悪は、Otop1とのダブルノックアウトマウスでは完全に消失した。これらのデータから、プロトンチャンネルOTOP1がNH4Clの味覚の主要な構成要素を介するという予想外の役割と、これまで知られていなかったチャネルの活性化メカニズムが明らかになった。
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