エネルギーは電荷や熱の形で閉じ込めることができるが、これまで光の形で吸収することは従来の方法では不可能だった。
だが、このたび、エルサレム・ヘブライ大学とウィーン工科大学(TU Wien)の研究チームが、光を閉じ込める完璧な仕組みを開発したと発表した。
光エネルギーを吸収する方法自体はこれまでにも報告されているが、光の大部分が透過してしまうような薄膜に光エネルギーを吸収させる方法としては今回発表された物が初めてとなる。
この研究の著者の一人で、ウィーン工科大学の物理学教授であるStefan Rotter氏は、「この研究では、このプロセスを非常に効率的に実行できることを示しました。具体的には、薄膜や弱く染色したガラスなどの非常に弱い吸収媒体にさえ、あらゆる形状のレーザー光を完全に吸収できることを実証しました。」とInteresting Engineering誌に語っている。
今回の研究の仕組みを深く理解する前に、光エネルギーを閉じ込めることの意義を理解する必要がある。現状では、光エネルギーを直接、実現可能かつ効率的に貯蔵する方法はまだ知られていないため、他のエネルギーに変換する必要があるのだ。「植物による放射線の吸収から、スマートフォンのカメラでの光の検出まで、光波または『光子』によって運ばれるエネルギーは、他の形態のエネルギーに変換されなければ利用できないのです」とRotter教授は述べている。
例えば、スマートフォンのディスプレイから発せられる光は、直接光がエネルギーとして蓄えられた物を用いているのではない。まず化学エネルギーの形でバッテリーに蓄えられ、それがスマートフォン内部の回路基板でさらに電気エネルギーに変換され、最終的にスマートフォンの液晶画面やLED画面を照らす光となるのだ。
光を直接吸収することで、私たちが日常的に使っている機器の設計と技術の両方に大きな改善をもたらすことができる。研究者らは、光を閉じ込めることが、科学、工学、自然界における多くの重要なプロセスの中核をなしていると考えている。スペクトル選択的検出器(異なる周波数の光線を吸収できる検出器)や将来の光発電デバイスの性能を高める可能性がある。
今回、研究者らはその光エネルギーをこれまでは困難だったような光を透過させてしまう薄膜のような媒体に直接吸収させる仕組みを考案した。仕組みとしては次の通りだ。薄い光吸収媒体を複数の鏡とレンズで取り囲んだ空洞を設計した。この空洞に光線が入射すると、鏡やレンズが円形に動き出し、やがて光線の進路を遮るように配置される(下図)。最終的に、光線は薄い媒体に吸収されるしかないのである。
この「ライトトラップ(光の罠)」には、吸収媒体のほかに、部分的に透明な鏡、反射鏡、2枚の凸レンズが組み込まれている。研究者によると、光トラップの最初の鏡は、光が空洞に入るように部分的に透明にしてある。しかし、同じ鏡を使って光を逃がすこともできる。
そこで、光の性質である波の干渉を利用し、光の波全体の振幅を大きく(または小さく)することで、逆反射を打ち消すことに成功した。
レーザー光は、部分的に透明な鏡に落ちると、2つに分かれる。レンズ、吸収媒体、反射鏡に当たった後、最終的に2つの部分が重なり合い、光線全体が薄い媒体に吸収される以外にどこにも行けない位置で遮断されるのだ。装置に入れる前のガラスは、15%の光を吸収するのみだったが、装置全体では、入射した光の約98%を吸収し、ガラスの光吸収率が6倍以上になったという。
この方法は、エルサレム・ヘブライ大学のOri Katz教授が提案し、ウィーン工科大学のStefan Rotter教授が構想したもので、実験はエルサレムの研究チームが行い、理論計算はウィーンの研究チームが担当している。
Rotter氏は今回の研究の意義について以下のように述べている。「光が固体物体に当たると、簡単に光を吸収することができます。厚手の黒いウールのジャンパーは、簡単に光を吸収することができます。しかし、多くの技術的な用途では、薄い層しか利用できないので、この層で正確に光を吸収させたいのです。」
材料の吸収率を向上させる試みは、すでに行われている。例えば、2枚の鏡の間に素材を挟む。光は2枚の鏡の間を往復し、その都度素材を通過するため、吸収される確率が高くなる。ただし、この場合、鏡は完全なものではいけない。片方の鏡が部分的に透明でなければ、光は2枚の鏡の間の領域を全く透過することができないからだ。しかし、これでは、この部分的に透明な鏡に光が当たるたびに、光の一部が失われてしまうことになる。
これを防ぐために、光の波動特性を高度に利用することが可能だ。エルサレム・ヘブライ大学のOri Katz教授は、「私たちのアプローチでは、波の干渉によってすべての逆反射をキャンセルすることができます」と述べています。このテーマで論文を書いたウィーン工科大学のHelmut Hörner教授は、次のように説明している。「私たちの手法でも、光はまず部分的に透明な鏡の上に落ちます。この鏡にレーザー光を当てると、光は2つに分かれます。大きいほうは反射され、小さいほうは鏡を透過します。」
「このシステムは、吸収したい波長に合わせて正確に調整する必要があります。しかし、それを除けば、特に制限されることはありません。レーザービームは特定の形状である必要はなく、ある場所ではより強く、他の場所ではほぼ完璧な吸収が常に達成されるのです。」と、Rotter氏は説明する。
エルサレムのヘブライ大学で行われた実験で示されたように、空気の乱れや温度の変動でさえも、このメカニズムに害を与えることはできない。このメカニズムは、地球の大気を通過する際に歪んだ光信号を完全に捕らえるのに適している可能性さえあるという。
ペンシルバニア州立大学のSahin Ozdemir氏によると、これまで同様の装置では、特定の波長の光だけを完璧に吸収し、特定の角度で光を当てたときだけ吸収していたという。この新しい「ライトトラップ」は、あらゆる形と角度に対応するので、より実用的だという。
Ozdemir氏は、この方法は非常に暗い星からの光を集めるのに使えるという。また、吸収した光のエネルギーで大きなデバイスを効率よく充電するのにも使えるかもしれない。例えば、遠くからレーザーを当ててドローンを充電するといった具合だ。
しかし、シンガポールの南洋理工大学のYidong Chong氏は、この装置を有用な機器に組み込むには、小型化してチップに集積する必要があるかもしれないと話す。現在のところ、この迷路のような装置は実験室のテーブルの上に広がっているため、ドローンなどの一部の装置よりも大きく、レンズやミラーが誤って倒されてしまうという脆弱性がある。
Rotter氏によれば、装置を小型化するだけでなく、多色の光をほぼ完璧に同時に吸収できるようにして、汎用性をさらに高めたいとのことである。
論文
参考文献
- TU Wien : A Perfect Trap for Light
- New Scientist : Anti-laser can make any object suck in light
- Interesting Engineering : Scientists reveal the insanely perfect trick to trap light
研究の要旨
非エルミートフォトニクスの重要な洞察の一つは、レーザーのような確立された概念を逆に操作することで、コヒーレント完全吸収体(CPA)を実現できることだ。概念的には魅力的だが、このようなCPAは、今のところ、単一の、適切に形成された波面またはモードに限定されている。ここでは、入射光場を自己投影するユニークな共振器を用いた縮退共振器レーザーを時間反転させることで、この制限を克服できることを実証するものである。この共振器内に弱い臨界結合吸収体を配置することで、複雑で動的に変化するスペックルパターンであっても、超並列干渉プロセスにおいて完璧に近い効率で入射波面を吸収することが出来る。このような特性は、光捕集、エネルギー伝送、光制御、イメージングなどのアプリケーションに興味深い新しい可能性をもたらす。
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