量子コンピュータが我々の想像を超えるような、次元の違う計算性能を発揮するのはまだまだ先かも知れないが、既に研究レベルでは研究者や企業では量子コンピュータを重要なユースケースに適用し、実用的な量子コンピューティングに向けて邁進している。
先日、量子コンピュータを使い、化学反応を1,000億分の1の速度にまで遅くして観察することに成功した事を当サイトでも報じたが、科学者は量子コンピュータを用いて世界を変えるような発見に繋がる重要な進展について報告している。
量子スタートアップQuantinuumは、国立標準技術研究所(NIST)、メリーランド大学の科学者チームと共に、物理学で最も謎に包まれた現象のひとつである超伝導の解明に前進があったと報告している。
超伝導は、ある物質が極低温で抵抗ゼロで電気を通すという不可解な現象である。このとらえどころのない性質を理解し、利用することは、特に高温において、エネルギー伝送から輸送まで、さまざまな産業に革命をもたらす可能性を秘めている。今年に入り、米国と韓国の研究者らがそれぞれ室温で超伝導を示す物質の生成に成功したと報告しているが、その後に他の機関で再現する事も出来ず、その真偽は不明のままだ。
彼らの研究は、QuantinuumのH2-1捕捉イオン量子コンピュータの高忠実度の全対全接続性によって可能となったもので、量子概念である “ロシュミット振幅(Loschmidt amplitude)“の測定を中心に展開される。この量子概念は、量子システムが時間とともにどれだけ変化するかを測定し、超伝導性などの物質の相を理解するための中心的な概念である。量子系が、ある時間が経過した後、初期状態からどれだけ異なる状態になるかを追跡する方法と想像してほしい。現時点では実装が難しいことで有名だ。
今回、研究者らはこう書いている:「ロシュミット振幅の測定は、Lu、Banuls、Ciracの代表的な研究(2019年)に記載されているものを含め、提案されているいくつかの量子コンピューティングアルゴリズムの中心となっている。彼らのアルゴリズムは、量子系の平衡特性を得ることを目的とした、非変数のハイブリッド量子古典スキームである。これは、このアルゴリズムに必要な量子計算の最初の実験的実証である」。
研究の視野を広げるため、研究チームは「フェルミ・ハバード」モデルに焦点を当てた。このモデルは、超伝導に光を当てるのに役立っている。古典的なコンピューターでは完全に解明するのは難しい。これは、著名な物理学者Richard Feynmanのビジョンと一致している。
記事によればRichard Feynmanが1981年に有名な講演で量子コンピュータの分野を “立ち上げた”とき、彼が量子コンピュータで研究することを提案したのはまさにこのタイプのシステムだった。
QuantinuumのシステムモデルH2
ロシュミット振幅の測定は、科学者が “グローバルな観測値”と呼ぶものであるため、大きな困難を伴う。量子計算に誤差があれば、最終的な結果に重大な影響を及ぼしかねない。この成果は、QuantinuumのシステムモデルH2量子コンピュータの卓越した精度、特にイオントラップ型アーキテクチャが、このような非常に精密な計算に不可欠な、ほぼ完璧な状態準備と測定を可能にしていることを強調している。これまでフェルミ・ハバードモデルは、ゲート演算の複雑さもあって、16量子ビット以下でシミュレーションされてきた。
「この論文では、32量子ビットでのモデルを探求し、シュレディンガー猫の状態、深い回路、複雑なハミルトニアンなど、多くの難しい要素を含んでいます」と、研究者らは述べている。
この成果は、”NISQ”(Noisy Intermediate-Scale Quantum)の時代に位置づけられるが、エラー訂正がなくても量子コンピューティングが重要なマイルストーンに到達できることを強調している。これは、近い将来、量子手法が古典的手法を凌駕する可能性があることを強調している。
研究チームはまた、エキゾチックな系の研究に量子コンピューターを使うことの重要な利点も指摘している。アナログの量子シミュレーターは、過去10年間で、これらの系の研究において大きな進歩を遂げた。しかし、量子コンピューターは、実験室でのシミュレーションの枠を超えてパラメーター空間の探索を拡大し、これらの興味深い現象に幅広い視点を提供できるかもしれない。
超伝導体のような物質の秘密を完全に解き明かすには、より複雑なアルゴリズムの反復が必要だが、この研究は、古典的な手法では解決できなかった長年の課題を解決するための重要な一歩である。量子コンピューターが自然界の理解に革命をもたらすかもしれない有望な未来を予感させる。
論文
参考文献
コメントを残す