1867年、物理学者James Clerk Maxwellは、熱力学という新たな科学について自分の考えを試すために、分子をエネルギーに基づいて2つの容器の間で選別する、「マクスウェルの悪魔」という思考実験を提唱した。
今回研究者らは、このマクスウェルの“小”悪魔とも言うべき存在を発見した可能性がある。
スイスのローザンヌ工科大学(EPFL)の研究者たちによる新しい研究によると、ABCトランスポーターと呼ばれる細胞膜に埋め込まれたタンパク質には、マクスウェルの悪魔と同じような機能があり、基質の選別を可能にしているようなのだ。
ABCトランスポーターは何十億年も前から存在しており、ほとんどすべての生物に見られる。しかも、自然の熱力学的法則に適合している。Maxwellは知らず知らずのうちに、生命を構成するブロックの基本的な側面を記述していたのだ。
「我々は、ABCトランスポーターが真のマクスウェル悪魔であることを示しています」とEPFL統計生物物理学研究室のPaolo De Los Rios氏は述べている。
いわゆるマクスウェルの悪魔は、 分子の動きを観察できる架空の悪魔を想定することによって、熱力学第二法則で禁じられたエントロピーの減少が可能であるとするものだ。
悪魔はシステムの一部として、全く何もないところから、結果として生じる温度差からエネルギーを作り出すのである。
もちろん、熱力学の法則によれば、エネルギーが無から発生することはありえない。なぜなら、粒子の速度を測定し、記憶するためには仕事が必要になるからだ。
しかし、この思考実験の箱における温度の違いのような不一致は、細胞内外の分子濃度の違いなど、自然界でもしばしば見られる。
科学者たちは以前、マクスウェルの悪魔のようなものが、分子を自然な濃度勾配の流れに逆らって輸送するエネルギー集約的なプロセスに関与しているのではないかと疑っていた。しかし、この有名な思考実験を思い起こさせるような方法で、実際にシステムの情報の枠組みが記述され、モデル化されたのは今回が初めてである。
研究者たちが提案しているのは、細胞膜上のABCトランスポーターが、マクスウェルの悪魔と同じように分子の流れを制御し、その過程でATP(アデノシン三リン酸)分子のエネルギーを利用しているということだ。
トランスポーターの生化学的構造は、上の図に見られるように、輸送される分子の位置に応じて、測定、フィードバック、リセットを行う。
これは重要な発見である。というのも、細胞は分子の輸出入を管理することで、細胞の入り口にいる小さな悪魔のように、どのようにして環境を調節し、必要な機能を果たすことができるのかについて、さらに多くのことを教えてくれるからである。
研究者たちは、計算がうまくいくようにいくつかの単純化を行ったが、論文で概説したことは、より複雑なシステム、つまり自然界に広く存在するシステムにも応用できると確信している。
「このアプローチは、このような複雑な生化学的回路を理解するための概念的枠組みとして役立ちます」と、研究者たちは発表された論文の中で書いている。
論文
- Communications Physics: ABC transporters are billion-year-old Maxwell Demons
参考文献
研究の要旨
ATP結合カセット(ABC)輸送体は、ほとんどの原核細胞と真核細胞に存在し、細胞膜と器官膜の両方を通して基質の重要な輸出入を行い、ATP加水分解によって定常的な濃度勾配を維持する、幅広い生物学的装置のファミリーである。現在のABCトランスポーターの生物物理学的、生化学的な特徴に基づき、われわれはこのモデルを提案し、その解答から、ABCトランスポーターが、エネルギー源を用いて系を熱力学的平衡から遠ざける、100年以上前の抽象的な装置である自律的なマクスウェル・デーモンの正確な分子的実現であることを明らかにする。特に、マクスウェル・デーモンは系に対して直接的な機械的作業を行わず、収集・処理した情報に基づいて、どの自然発生プロセスを許可し、どのプロセスを禁止するかを選択するだけである。自律的なバージョンでは、測定装置はシステムそのものに組み込まれている。ここで紹介する分子モデルでは、マクスウェル・デーモンを特徴づけるさまざまな操作(測定、フィードバック、リセット)は、ABCトランスポーターの生化学的・構造的特性から現れる特徴であり、情報を処理するアロステリーの重要な役割を明らかにしている。われわれのフレームワークは、ABCトランスポーターの分子レベルの記述と、情報理論のより高度な言語との明確な橋渡しを可能にする。
コメントを残す