リムリック大学(UL)、トゥウェンテ大学の画期的な研究により、脳のように働く新しいコンピューターの実現がまた一歩近いた。研究者らは、過去に示した行動から学習することができる、まるで脳の「シナプス」のような挙動をする新しいタイプの分子スイッチを開発したとのことだ。この研究成果は、本日、科学雑誌『Nature Materials』に掲載された。
- 論文
- 参考文献
- University of Limerick: University of Limerick discovery reveals ‘brain-like computing’ at molecular level is possible
- University of Twente : MAJOR BREAKTHROUGH FOR BRAIN-LIKE COMPUTERS
- Interesting Engineering: A new study shows innovative brain-like computing at molecular levels
UL物理学科の分子モデリング教授で、ULが主催するアイルランド科学財団医薬品研究センター(SSPC)のディレクターであるDamien Thompson(ダミアン・トンプソン)氏、トゥエンテ大学分子・脳刺激ナノシステムセンターのChristian Nijhuis(クリスチャン・ナイホイス)教授、セントラルフロリダ大学のEnrique del Barco(エンリケ・デルバルコ)氏が中心となって勧められた。
トウェンテ大学のプレスリリースで、「この分子は、私たちの脳と同じように学習するのです」とNijhuis教授は述べている。
コンピューターやデータセンターなどの電子機器は、大量のエネルギーを消費する。そのエネルギー需要を満たすために、私たちは現在、太陽光発電パネルの敷設を勧めたり、巨大な風力発電所を建設している。しかし、Nijhuis教授によると、発生させるエネルギーを増やすことも大事だが、我々は電子機器をより効率的に動作させることに目を向けることも重要とのことだ。「私たちの脳は、最も効率的なコンピューターです。私たちの脳は、最も経済的なコンピュータの1万分の1のエネルギーしか使いません。」とNijhuis教授は指摘する。
これは、私たちの脳が全く異なる方法でデータを処理しているためだ。コンピューターが1と0の2進数の情報を処理するのに対し、私たちの脳は時間に依存したパルスを使うアナログ的なものだ。「私たちの脳は、何百万という神経細胞や五感からの入力を難なく処理することができるのです。なぜなら、従来のエレクトロニクスとは異なり、実際にパルスを送信している脳細胞とシナプスのみを使用しているからです。つまり、脳がエネルギーを消費するのは送信時だけなので、一度に大量のデータをより効率的に処理することができるのです。」とNijhuis教授は言う。
そこで研究チームは、この効率的な動きを再現できないかと研究を進めた。その結果として得られたものが、今回作成された厚さ2ナノメートルの分子層だ。大きさは、比較すると髪の毛の5万分の1の薄さだが、電子が通過するとその履歴を記憶する機能を備えている。「この分子材料では、スイッチング確率とオン/オフ状態の値が継続的に変化するため、オンかオフのどちらかしかない従来のシリコンベースのデジタルスイッチに代わる、破壊的な新しい選択肢を提供します」とThompson教授は述べている。
そして今回作製された動的有機スイッチは、深層学習に必要なすべての数学的論理機能を表示し、シナプスのような脳の動作をうまくエミュレートするのだ。。
シナプスの動的挙動を分子レベルでシミュレートするために、生物学的なカルシウムイオンや神経伝達物質の役割と同様に、高速の電子移動と拡散によって制限された低速のプロトン結合を組み合わせることによって可能となった。これは、私たちの脳の神経細胞から神経伝達物質が高速で放出され、ゆっくりと取り込まれるのに似ている。この分子は、このパルスの強さと持続時間を変えることができる。このように、分子は古典的条件付けの一種を実証している。この分子は、以前に受けた刺激に自分の行動を適応させる。一種の学習である。将来的には、この種の分子は、光など他の刺激にも反応するようになるかもしれない。
このブレークスルーにより、カスタマイズ可能で再構成可能な全く新しいシステムの開発が可能になる。そしてこれらは、人工神経回路網を大幅に簡素化する新しい多機能適応型システムへとつながる可能性がある。Nijhuis教授は、「そうなれば、電子機器のエネルギー消費量を劇的に削減することができます」と述べている。一方、感光性分子や他の分子を検出できる多機能分子は、新しいタイプの神経回路網やセンサーを作り出すのに役立つかもしれない。
「これはまだ始まりに過ぎません。私たちはすでに、この次世代のインテリジェント分子材料の拡張に忙しく、エネルギー、環境、健康といった壮大な課題に取り組むための持続可能な代替技術の開発を可能にしています」と、Thompson教授は述べている。
ULの教授であるNorelee Kennedy(ノレリー・ケネディ)氏も同意している。「ULの研究者たちは、より効果的で持続可能な材料を作るための新しい方法を常に見出しています。今回の発見は、ULの国際共同研究の広がりと意欲を示すと同時に、有機材料に有用な特性を組み込むというULの世界最先端の能力を示すものであり、非常にエキサイティングです」と述べている。
研究の要旨
ノイマン型コンピュータのボトルネックを超える分子スケールの電気操作を実現するためには、過去に依存する複数の操作を動的に切り替えて自己学習や神経型コンピューティングを模倣する、新しいタイプの多機能スイッチが必要である。ここでは、駆動速度と過去のスイッチングイベントの数に依存する大規模な負の記憶的挙動で、高コンダクタンス状態から低コンダクタンス状態にスイッチングする分子を、原子論的および解析的モデルを用いてすべての測定値を完全にモデル化し報告する。この動的分子スイッチは、シナプスの動作とパブロフの学習をエミュレートするもので、厚さ2.4 nm、ニューロンのシナプスよりも3桁も薄い層で実現されている。この動的分子スイッチは、時間領域と電圧依存の可塑性を持つため、深層学習に必要なすべての基本的な論理ゲートを提供する。シナプスを模倣した多機能動的分子スイッチは、固体デバイスで動作可能な適応的分子スケールハードウェアであり、単一の超小型部品にコード化された動的複雑電気操作を単純化する道筋を開く。
コメントを残す