スマートホームを構築しようとするときに、今まで問題となっていたのは、「そのデバイスがどのプラットフォームで動作するか」を気にしなければならなかったという部分だろう。
例えば、一部のスマート電球はAmazonのAlexaにしか対応していなかったり、一部のセンサーはAppleのHomeKitでしか制御出来なかったりと言う事があり、もし新たに使いたいデバイスがあったとしても、既に自分が構築したプラットフォームに適合しないものは使う事が出来ないというのが、これまでのスマートホーム界隈の問題だった。
だが、2022年10月に正式にリリースされたスマートホーム規格「Matter」の登場により、この状況は大きく変わるだろう。
本稿では、この「Matter」が一体何なのか?何が重要なのか?今後のスマートホームについて最重要となるこのプロトコルについて、詳しく解説する。
Matterとは何か?
Matterは、テクノロジー業界の最大手が集まって作り上げた「Connectivity Standards Alliance(CSA)」が立ち上げた、スマートホームのための新たな相互運用プロトコルである。アライアンスには170社以上が参加しており、Apple、Samsung、Amazon、Google、Zigbee Allianceなどが名を連ねている。
CSAがMatterで目指したのは、「メーカーが違っても、特定の規格にしか対応していなくても、それらのスマートホーム製品をつなぎ、それぞれの機器に理解しやすいシンプルな規格でつなぐ橋渡しをすること」だ。
Matterは、異なるデバイスやエコシステムがうまく連携できる事が何よりも優先されている。Matterに参加するデバイスメーカーは、自社のデバイスがAmazonのAlexa、AppleのSiri、GoogleのGoogleアシスタントなどのスマートホームや音声サービスとの互換性を確保するために、Matter規格に準拠する必要がある。スマートホームを構築しようとする人々にとって、Matterは理論上、購入したあらゆるデバイスが、好みの音声アシスタントやプラットフォームを使ってコントロールすることを可能にする。
例えば、Matterがサポートするスマート電球を購入すれば、今後は、Apple Homekit、Google Assistant、Amazon Alexaと互換性を気にすることなくセットアップすることができるようになるのだ。既に、一部のデバイスは複数のプラットフォームに対応しているが(PhilipsのHueなどはAlexa、Googleアシスタント、Siriで使える)、Matterはそのプラットフォームのサポートを拡大し、新しいデバイスのセットアップをより迅速かつ簡単に行えるようにする。
現在、MatterはPhilips HueやGoogleのものを含む約200種類の製品への今後の対応を約束している。そして、先日Googleは、自社のAndroid、Nest製品に対してMatterに対応するアップデートを実施している。
Matterはどのように動作するか?
既にそれぞれが独自の仕組みで動作している製品を相互に繋げるために、Matter自身は仲介役として動作するように設計されている。
技術的には、Matterはスマートホームの相互運用プロトコルだが、全く新しいプロトコルというわけでない。Matterは、既存のプロトコルであるWi-FiとThreadの上にあるアプリケーション層として機能する。Matterはプロプライエタリではなくオープンソースであり、ローカルネットワーク上で動作するため、クラウドに依存することもない。ここで重要になるのが、Threadと呼ばれるプロトコルだ。
Threadとは何か?
「Thread」とは、Wi-Fiネットワークと連動して、低消費電力のメッシュネットワークを実現するIPv6ベースの高速ネットワーキング・プロトコルだ。これは、Google傘下のNest Labsが主導して設計された。
Threadでは複数のデバイスが低エネルギーの信号を発信できるため、対応デバイスは常に強固な接続を維持することができる。Threadプロトコルは、ローカルネットワークのもう一つの車線と考えることができ、特定のデバイスは、トラフィックが少なく、速度制限の高いルートを選ぶことができる。
加えて、Thread は、デバイス間で瞬時にデータを送受信する低レイテンシーのオフライン環境を構築する。そのため、インターネットへの接続が失われた場合でも、Matter認定デバイスは連携して動作し続けることができるのだ。
これは、オフラインのIoTコンピューティングにとって大きな飛躍となる。これまでのスマートホームデバイスは、インターネットサービスが停止すると使い物にならなくなっていた。Matterは、Threadと組み合わせることで、その問題も解決される。
センサーなど、バッテリーに依存しているスマートホーム機器は、Threadプロトコルを用いることで大きな恩恵を受けることが出来るだろう。実際には、ほとんどの機器はWi-FiよりもThreadで動作した方が良いのだが、より多くの企業が製品に採用する必要がある。
もちろん、Thread対応機器を使うためには、それらの機器をインターネット接続に結びつけることができる機器であるThreadボーダールーターが必要になる。現在、Google Nest Hub Max、Nest Hub(第2世代)、Nest WiFi ProはすべてThreadボーダー・ルーターとして動作するので、今すぐMatterに準拠したスマートホーム環境を築き始めることができるのだ。
Matterによって全てがシームレスに接続される
Matterは、Wi-Fiルーターが接続された各デバイスにIPアドレスを割り当てるために使用する、インターネットプロトコル(IP)に基づく無線技術を使用している。IPベースのプロトコルをネイティブに統合することで、厄介なハンドオフが発生することはないのだ。
Matterは、Wi-FiとThreadのネットワーク層で動作するが、デバイスのセットアップにはBluetooth Low Energyを使用する。また、Matterは様々なプラットフォームをサポートするが、実際に最初のセットアップでは使用する音声アシスタントやアプリを選択する必要はある。Matterの中心的なアプリやアシスタントは存在しないからだ。Matterはあくまでも“仲介役”である。
Matterを使えば、例えば、今までは玄関の鍵を開けるとスマートプラグがランプをつけるようにするために、2つ3つの別々のアプリを使い、クラウドサービスのバックエンドに接続する複雑な工程が行われていた所が、プラグと鍵が直接やりとりし、Matter準拠のコントロールアプリひとつで自動化をセットアップすることができるようになるのだ。
Matterデバイスのセットアップはどうやるか?
この規格が公式にリリースされてまだ間もないが、一部の企業ではすでにそのサポートに乗り出している。それに伴い、AndroidはすでにMatterの統合とセットアップが準備されており、イヤホンやスマートウォッチのペアリングに使われるのと同じように、スマートホームにFast Pairがもたらされるようになった。
これにより、Matterをサポートするデバイスは、Androidで非常に簡単にセットアップする事ができるようになった。以下は、ほとんどの Matter デバイスで必要な一般的な手順となる。
- デバイスをペアリングモードにし、新しいデバイスの高速ペアリングのプロンプトが表示されるのを待つ。
- QRコードをスキャンする。
- 好みのコントロールアプリを選択しする。
- 注:これは、Google Home、Samsung SmartThings、Amazon Alexaアプリなどのいずれか。
- アカウントを接続する。
- デバイスの場所を選択し、名前をつける。
これまでのセットアップ手順に比べて単純化されており、ユーザーの利便性も向上することだろう。
Matterがサポートするデバイスの種類は?
Matterの最初の仕様、つまり「Matter 1.0」では、以下のカテゴリのデバイスがサポートされている。
- ブリッジ
- コントローラー
- スマートプラグ
- テレビなどのメディア機器
- 照明器具・スイッチ
- スマートブラインド/シェード
- ドアロック
- カーテン
- 空調システム
- センサー
- サーモスタット
これを見て少し疑問が湧くかも知れない。カメラが項目に入っていないのだ。
防犯カメラの制御にはセキュリティ上の懸念があるため、実現には至っていない。それ以外は、ほぼすべてのカテゴリーをカバーしている。
また、既存のデバイスについても、ファームウェアのアップデートにより、Matterで動作するようになるデバイスもある。ただし、全ての既存のデバイスがアップグレードされることが決まっているわけでもないので、特定のデバイスや将来のサポートについては、メーカーに確認するのが一番だ。
Matterをサポートするプラットフォームは?
Apple HomeKit、Amazon Alexa、Google Nest、Samsung SmartThingsは、すべての新しいデバイスでMatter規格をデフォルトでサポートする予定となっている。この4つでほぼプラットフォーム市場は占められているので、Matterは事実上の標準規格と言えるだろう。
既に、Googleは既存のNestデバイスやAndroidにおいて、Matterのサポートを開始している。
一部の古い製品では、対応するためにMatterのソフトウェア・アップデートが必要になるが、今後登場する製品は、基本的には、Matterをネイティブにサポートする事になるので、ユーザーは安心してスマートホームを構築することが出来る。
Matterデバイスを使う上での注意点は?
端的に言えば、「Wi-Fi 6以上に対応した無線LANルーターを利用すること」が重要になる。
現在、家庭において最も一般的に用いられているWi-Fiは、「Wi-Fi 5」であるが、この旧世代の技術がスマートホームデバイスにとって足かせになっている。
過去8年間の多くの無線ルーターやデバイスは、接続にWi-Fi 5を使用して設計されているが、そもそもWi-Fi 5自体が今日のIoTデバイスに対応するように作られていないために問題が生じるのだ。
しかし、Wi-Fi 6から、ようやくスマートホームのIoT製品に対応したWi-Fiネットワーク規格となっている。Wi-Fi 6は、より多くのデバイスに同時にデータパケットを送受信するため、リクエストを送信した際の待ち時間が少なくなる。これは、ホームネットワークにおける複数車線の高速道路のようなものだ。無線LANルーターは、Wi-Fi 6でより多くのトラフィックを処理できるようになった。Wi-Fi 6は、Wi-Fi無線プロトコルにとって、特に家庭内で増え続けるIoTデバイスにとって、ここ数年で最も大きな飛躍となるものだ。
と言う事で、今後Matterによるスマートホーム環境の構築を考えるならば、まずは「Wi-Fi 6以上の規格に対応した無線LANルーターを購入すること」が肝心となる。
また、セキュリティの面を考えるならば、WPA3に対応していることも必要だ。WPA3とは、Wi-Fi 6において導入されたワイヤレスネットワーク用の次世代セキュリティプロトコルである。スマートホームのIoTデバイスに必要な機能強化が図られ、データの安全性確保に欠かせないものとなっている。WPA3は、スマートホーム機器だけでなく、Wi-Fiネットワーク上のすべてのサポート対象製品にメリットをもたらしてくれる。
無線LANルーターによっては、最初からWPA3に対応している物、アップデートにより、WPA3の導入が可能な物もある。ここはチェックしておいた方がいいだろう。
本格的なスマートホームの普及が始まる
Matterの登場は、これまで一般的ではなかったスマートホームの普及を一気に促進させる起爆剤になる可能性を持っている。特にiPhone、Android携帯、Alexaデバイスを持つ家庭で大きな価値が生まれてくる。デバイスと音声アシスタントを自由に組み合わせることができるのは魅力的だろう。
互換性でデバイスを選ぶのは、正直ユーザーとしては好ましくない物だ。私たちは、最高の機能セット、最高の品質、そして最も望ましいデザインのデバイスを選びたいからだ。Matterがそれを容易にしてくれることだろう。
最初の対応デバイスは、まずはCES 2023で日の目を見ることになりそうだ。
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