約2000年前の古代ローマで人々に用いられていたガラスの破片は、砕け散った後も有機物とは異なり、数千年の時を経ても朽ちることなく土の中に埋もれていた。だがそれらにも悠久の時の中で変化がもたらされないわけはなく、むしろ現代の科学水準から考えても驚くべき変化が生じていることが今回明らかになったのだ。
ローマガラスの破片には青、緑、オレンジなどの虹色のモザイクがあり、金色の鏡のような輝きを放つものもある。これらの美しいガラス工芸品は、しばしばジュエリーに用いられたり、完全なものは博物館に展示されている。これらの不思議な魅力をたたえた輝きは、腐食の過程でガラスがゆっくりと変化し、フォトニック結晶が形成された結果もたらされたのだ。
この発色は色素によるものではなく、しばしば自然の中でも見られる「構造色」である。蝶の羽、シャボン玉、オパール、甲虫の甲羅に見られる鮮やかな虹色は、色素分子によるものではなく、それらがどのように構造化されているか、つまり自然発生するフォトニック結晶に由来する。プリズムとは異なり、フォトニック結晶は特定の色(波長)の光を発する事で、あたかも色素による着色のような、むしろそれ以上に鮮やかな色彩を放つ。古代ローマのガラス片も、これらと同じ構造色によって、その様々な色を見せてくれているのだ。
フォトニックバンドギャップ材料としても知られるフォトニック結晶は調整することで、特定の波長の光を遮断し、他の波長の光を通すように精密に配列させることが出来る。タイルの大きさを変えることで構造を変化させれば、結晶は異なる波長に敏感に反応するようになる。この特性は、導波路やスイッチとして光通信に使われるほか、フィルター、レーザー、ミラー、さまざまな反射防止ステルス装置にも使われている。
タフツ大学シルクラボの工学部教授で材料科学の専門家であるFiorenzo Omenetto氏とGiulia Guidetti氏にとって興味深いのは、ガラスの分子が何千年もかけて鉱物と再配列・再結合し、フォトニック結晶と呼ばれるものを形成したことである。
彼らの研究は、イタリア工科大学の文化遺産技術センターを訪れた際にこのユニークな破片を発見した事から始まる。「棚にあったこの美しく輝くガラスの破片に目を奪われました。それはイタリアの古代都市アクイレイア近郊で発見されたローマガラスの破片でした」と、Omenetto氏は語る。同氏はこれを見て、さらに科学的な研究を行う価値があると判断した。彼らはそれがすぐに自然界によるフォトニック結晶のナノ加工であることに気づいたのだ。「2千年もの間、泥の中に眠っていたガラスが、ナノフォトニック部品の教科書のようなものになるとは、本当に驚くべきことです」と、Omenetto氏は語る。
アクイレイアは紀元前181年にローマ人の手により創設された都市であり、最初は軍事的な前哨基地としての機能を果たしていた。しかし、時間の経過と共に、鍛造金属、バルト海産の琥珀、ワイン、古代ガラスなどの交易品が集まる商業の要所として繁栄を遂げた。研究者たちが記述するには、「アクイレイア沖の海域で発見されたローマ時代の船の残骸から出土した11,000個にも上るガラス片が詰まった木製の樽は、この都市が商業ルート上でリサイクルガラスの取引と加工において主要な役割を果たしていた証拠である」と著者らは述べている。この都市が最も栄えていたのは紀元2世紀であり、その時点での人口は約10万人に達していた。
しかし、452年にはアッティラ率いるフン族によって略奪を受け、さらに590年にもロンバルディア軍による略奪が続いた結果、衰退の一途をたどった。現在、この町の人口は約3,500人に減少しているものの、歴史的・文化的な重要性を持つ遺跡としてその価値は依然として高い。
2012年に実施されたフィールドウォーキングの調査により、考古学者たちは農地の表土上で特異なガラス破片を発見した。彼らはこれを「Wow Glass」と名付けた。採取されたガラス片は約780個あり、古代ローマガラス特有の虹色のパティナ(光沢)が確認された。破片の主要な色調は濃い緑色であり、約1ミリの厚さの金色のパティナに覆われていた。その反射特性はほぼ鏡と同等であった。詳細な解析のため、Omenetto氏とその共同研究者たちは、これらのガラス破片を光学顕微鏡および走査型電子顕微鏡(SEM)によって検査した。
化学分析の結果として、このガラスの年代は紀元前1世紀から紀元後1世紀にかけてであると判明した。高い含有率のチタンから、原料となる砂がエジプト産であり、不純物が多いことが示された。破片の濃い緑色は、鉄分の存在によるものであると著者らは指摘している。紀元2世紀半ばまでのローマのガラスは、シロ・レヴァンティン産の比較的純粋な砂か、鉄分が多く不純物が多い砂を原料としており、植物灰が添加されて濃い緑色を呈していた。
SEM分析により、いわゆる「ブラッグ・スタック」—高屈折率と低屈折率の物質が交互に積み重ねられた一次元フォトニック結晶—が確認された。一般的なブラッグ・スタックでは、各層の厚さは一定である。しかし、この特殊なガラスでは、一方の層が他方よりも厚く、密度が高いため、金色の反射光が生じていた。著者らによれば、この現象はpH駆動型のシリカの化学変化によって生成され、自然界の生物由来の素材に見られるような厳格な物質的制約は存在していない。このようなパティナ形成のプロセスを加速できれば、光学材料を「製造する」のではなく「成長させる」方法が見つかる可能性があるとOmenetto氏は述べている。
環境要因については、周囲の粘土と降雨がガラス中のシリカと鉱物の拡散、周期的な腐食を引き起こしていたと解釈される。この過程で、厚さ100ナノメートル程度の層が周期的に形成され、何百もの結晶層が非常に規則的な配列を成していた。これは都市が時間と共に変遷する過程で地中に起きた状況の変化を反映しており、同時にその地域の環境史の記録でもある。
論文
参考文献
- Tufts University: Buried Ancient Roman Glass Formed Substance with Modern Applications
- via ArsTechnica: Ancient Roman “wow glass” has photonic crystal patina forged over centuries
研究の要旨
古代のガラス製品は一般的に、経年変化による表面の物理化学的変質の結果として、劣化の特徴的な影響を示す。虹色光は、出土ガラスに最もよく見られる経年変化の特徴的な徴候の一つである。この研究では、ナノスケールのラメラにおけるシリカの再沈殿によって引き起こされる虹色のパタナをもたらす表面の風化によって、構造的な色を示す古代のガラス片を紹介する。この考古学的遺物は、非常に秩序化されたナノスケールのドメイン、高い分光選択性、反射率(~90%)を持つ、珍しい階層的に組み立てられたフォトニック結晶であり、集合的に金鏡のように振る舞うことを明らかにした。ナノスケールの元素分析と組み合わされた光学的特性は、この構造の質の高さをさらに際立たせ、時間によって組み立てられたこの洗練された天然のフォトニック結晶を覗く窓を提供している。
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