欧州原子核研究機構(CERN)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)は、宇宙で最も複雑な自然現象を解明し続けており、人類の科学の発展に多大な貢献をしている。その全長は26.7 kmであり、山手線ほどとまでは行かないが、だがいかに巨大な物であるか、想像しただけでも畏敬の念を抱かせる物だ。通常、粒子加速器はこうした巨大な構造物が想像されるが、いつの日かそれは手のひらサイズになるかも知れない。今回研究者らは、コインと同等程度の手のひらにすっぽりと収まってしまう小型粒子加速器の起動に成功した。この「ナノフォトニック電子加速器(NEA)」は小さなコインほどの大きさだが、世界に大きなインパクトを与える可能性がある。
「粒子加速器の主な問題のひとつは、大きすぎることと、高価すぎることです」と、今回の研究には参加していないコーネル大学の物理学者Jared Maxson氏はScienceNewsに語る。装置を小型化することは、科学者が卓上で高エネルギー電子を作れることを意味する、とMaxson氏は言う。そうなれば、医療や科学に新たな可能性が開けるかもしれない。
ナノフォトニック電子加速器は、ドイツのフリードリヒ・アレクサンダー大学エアランゲン=ニュルンベルク(FAU)の科学者によって設計された、わずか数ミリのマイクロチップである。内部にはさらに極小の真空管があり、その内部には何千本もの微細な柱がある。このチップは、支柱に向けて短いレーザーパルスを発射することで、マイナスに帯電している電子を加速させるように設計されている。この技術は2015年に提案されたが、テストされたのは今回が初めてである。
ナノフォトニック電子加速器内の電子は、長さわずか0.5ミリメートルのチューブ内で加速される。これは、大型ハドロン衝突型加速器の全長27kmのビーム経路の5400万分の1である。NEAの加速器も素晴らしい工学の結晶だが、LHCのスケールの大きさは別次元だ。約9,000個の強力な磁石を備えたLHCは、粒子を光速の99.9%まで加速してから衝突させる。
NEAも粒子を加速させるために磁場を発生させるが、それはレーザーが真空管内の小さな柱に衝突することで発生する。今回『Nature』誌に掲載された研究では、このコンパクトな加速器によって電子が28.4キロ電子ボルトから40.7キロ電子ボルトに増加し、40%以上増加したことが指摘されている。
スタンフォード大学の物理学者Robert Byer氏らも10月3日、同様の成果をarXiv.orgで報告している。この2つのグループは、Accelerator on a Chip International Program(ACHIP)と呼ばれる大規模な共同研究の一部であり、このような小型加速器を構築するための努力を統合している。
この粒子のエネルギーは、LHCを飛び回る粒子の100万分の1程度であり、圧倒的に小規模な物だが、NEAは素粒子物理学の謎を探るためにあるのではない。
FAUの声明は、医療への応用が最重要課題であると指摘している。具体的には、NEAは標的を絞ったガン放射線治療に理想的であり、患者にとっては既存の放射線照射方法よりもはるかに安全になる可能性がある。この論文の主執筆者の一人であるTomáš Chlouba氏は、次の目標は、このエネルギー増加を、腫瘍への放射線照射など医療に利用できるレベルまで高め「内視鏡に粒子加速器を設置し、体内の患部に直接放射線治療を行えるようにすること」と語る。研究チームは、マイクロ加速器を人間の医療に使うにはまだ程遠いとしているが、最初のナノフォトニック・システムのテストに成功したことは、その方向への大きな一歩である。
論文
- Nature: Coherent nanophotonic electron accelerator
- arXiv: Sub-relativistic Alternating Phase Focusing Dielectric Laser Accelerators
参考文献
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