2016年に、オランダのライデン大学の研究によって、出産を経験し、母親となった女性の脳に大きな変化が訪れることが初めて明らかにされた。これは、その後の多くの研究でも確認されており、母親になることで、人の脳に構造的な変化がもたらされることは間違いないという認識が広まっているが、では父親についての研究は今まで行われてこなかった。
だが今回、新たな国際的な研究により、初めて父親になった男性にも、脳の構造に大きな変化が見られることが明らかになった。
新たな研究によると、男性は、最初の子供が誕生した後、脳の皮質体積のうち1~2%が失われることが分かった。
この変化は、主に「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)」と呼ばれる脳の領域で起こっていた。DMNは、何もしない安静時にのみ、活動が活発になる脳の領域で、親の受容や温かさに関連している。
脳の皮質領域が失われるというと、どうしてもネガティブなことのように思われるが、これは子供とのつながりをより有意義で自然な物にする脳の洗練の一環を示すものとのことだ。
例えば、母親における同様の皮質の減少は、子供に対するより大きな神経反応と、子供と親のより強い愛着に関連していることが分かっている。
ちなみに、これまでに全く男性の脳の構造について研究が行われてこなかったわけではなく、同様の研究が行われては来たが、結果についてはどうも様々な矛盾があった。例えば、ある研究では、出産後に灰白質が増加することが示され、また別の研究では減少することが示されるといったようにだ。また、脳のさまざまな領域が関係していることが分かっており、子供のいない男性、初めて父親になった男性、複数の子供を持つ父親を区別する方法はほとんどない。
今回の研究は、他の研究よりも厳密なものとなる。スペインと米国を拠点とする異性愛者の初婚の父親40人と、スペインを拠点とする子供のいない男性17人からなる対照群の磁気共鳴画像(MRI)情報を調査した。 スペインの父親たちは、パートナーの妊娠前に脳スキャンを行い、子どもの誕生後数カ月してから再び脳スキャンを行った。一方、米国の調査対象の男性では、妊娠中期から後期にかけてスキャンを行い、出産後7〜8ヶ月後に再度スキャンを行った。
その結果を対照群と比較したところ、母親を対象とした同様の研究と比較して、今回初めて父親になった男性では、大脳辺縁系の皮質下ネットワークには変化が見られなかった。とはいえ、脳のこの部分は妊娠ホルモンと関連していることから、変化がないのは理にかなっているだろう。
しかし、社会的理解を司る皮質灰白質には脳の可塑性の兆候が見られ、視覚系の体積が顕著に減少していることがわかった。
「その結果、初婚の父親の両方のサンプルにおいて、デフォルト・モード・ネットワークと視覚ネットワーク内の皮質体積の減少、皮質下構造の保存という重複する傾向が見られ、それは生後スキャン時の父親と子供の年齢で制御した後も持続しました」と、研究者は研究論文で述べている。
この視覚的な脳領域と子育てにおけるその役割については、さらなる研究が必要だが、今回の発見は、2020年に行われた、子どものいない男性よりも父親の方が視覚的記憶タスクに優れているという最近の研究とも一致している。
「これらの知見は、父親が乳幼児を認識し、それに応じて対応するための視覚系のユニークな役割を示唆している可能性があり、この仮説は今後の研究によって確認される」と、論文で述べられている。
論文
- Cerebral Cortex : First-time fathers show longitudinal gray matter cortical volume reductions: evidence from two international samples Get access Arrow
参考文献
- Science Alert : First-Time Dads May Experience Brain Shrinkage, Scientists Find
- Interesting Engineering : The brains of first-time fathers may shrink, reveals new study
研究の要旨
親への移行期は、成人の神経可塑性にとって重要な時期であることを示す証拠が次々と出てきています。父親を研究することは、妊娠を直接経験しない子育て経験が、人間の脳をどのように形成するかを探るユニークな機会を提供する。しかし、父親となる男性の神経解剖学的適応を調べた研究はほとんどない。本研究では、スペインとカリフォルニア(米国)の2つの研究所の国際共同研究によって、20人の妊婦の父親を対象に、第1子の誕生前後に構造的な神経画像データを前向きに収集したことを報告する。スペインのサンプルには、子供のいない男性17人の対照群も含まれていた。我々は、父親への移行が、脳皮質体積、厚さ、面積、皮質下体積の解剖学的変化を伴うかどうかを検証した。その結果、両方の初回父親サンプルにおいて、デフォルトモードネットワークと視覚ネットワークにおける皮質体積の減少と皮質下構造の保存という重複する傾向を見出し、それは出生後のスキャンにおける父親と子供の年齢を制御した後も持続した。本研究は、父親における皮質構造の変化に関する収束的な証拠を提供し、父親への移行が、男性における経験誘発性の構造的神経可塑性の有意義な窓である可能性を支持するものである。
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