囲碁は、DeepMindが開発したAI「AlphaGo」に人間が負けてしまった頃から、人間がAIに適わない分野の代表例として確立された印象だったが、今年初め、あるアマチュア囲碁プレイヤーが、AIのシステム的な弱点を突いて勝利を収めるなど、囲碁における人間とAIの関係はまだ多くの可能性を秘める分野として研究が行われている。
そして今回、学術誌『PNAS』に掲載された最近の研究において、こうした超人的なAIの登場が、人間の棋士に刺激を与え、人間がより独創的なゲームプレイを行っている事が明らかになった。
香港城市大学とイェール大学の研究者は、1950年から2021年の間にプロの棋士が打った580万以上の囲碁の手のデータセットを収拾した。その後、囲碁AIによって、手の質を評価する「決定品質指数」(DQI)と呼ばれる指標を産出した。DQIは、手順に新規性があるかを表す指標で、先行する手との組み合わせで過去に試されたことがない場合、その手を「新規性」があるとみなす。
データセットのすべての動きにDQIスコアを割り当てた結果、2016年以前は、プロのプレーの質は、年ごとに比較的ほとんど向上していないことが判明した。年間DQI値の中央値は、せいぜいが0.2プラスになる程度であった。年によっては、全体的なプレーの質が低下したことさえあった。しかし、2018年に超人的なAIが台頭して以来、DQI値の中央値は0.7を超える割合で変化している。同じ期間に、プロプレイヤーはより斬新な戦略を採用するようになった。2018年には、2015年の63%から88%のゲームで、プレイヤーがこれまで観察されたことのないプレーの組み合わせを設定するようになったとのことだ。
「我々の発見は、超人的なAIプログラムの開発が、人間のプレイヤーに従来の戦略からの脱却を促し、斬新な動きを探索するように誘導し、その結果、彼らの意思決定が向上した可能性を示唆している」とチームは書いています。
カリフォルニア大学バークレー校のStuart Russel教授が『New Scientist』に語ったように、「機械相手に訓練するプレーヤーが、機械が認める手を多く打つ傾向があるのは驚くことではない」と、考えてみれば理解できることだ。
囲碁ではないが、日本の将棋に関しても、プロデビュー以来破竹の勢いで記録を打ち立てている藤井聡太氏等も、将棋の研究のために高性能なPCを自作して研究を行っていると言うことで、ここでも機械が人間に独創性をもたらす機会を与えているのかもしれない(もちろん、藤井氏に関しては本人の才能も素晴らしいが)
論文
参考文献
研究の要旨
超人的な人工知能(AI)は、人間の意思決定にどのような影響を与えるのか。また、そのメカニズムはどのようなものなのだろうか?我々は、AIがすでに人間のパフォーマンスを超えている領域で、過去71年間(1950年から2021年)にプロ棋士が行った580万以上の手の決定を分析することで、これらの問いに取り組んでいる。最初の質問に対しては、超人的なAIプログラムを用いて、580億通りの反事実のゲームパターンを生成し、実際の人間の判断と反事実のAIの判断の勝率を比較することにより、人間の判断の質を経時的に推定している。その結果、超人的なAIの登場以降、人間の判断が著しく向上することがわかった。また、超人的なAIの登場後、人間のプレイヤーの戦略を経時的に調べたところ、新奇な判断(これまで観察されていなかった手)がより頻繁に発生し、より高い判断品質と関連することがわかった。この結果は、超人的なAIプログラムの開発が、人間のプレイヤーに従来の戦略から脱却することを促し、新しい手を探索させた可能性を示唆しており、その結果、彼らの意思決定が向上した可能性がある。
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