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量子科学は、より効率的なコンピューター、通信、センシングデバイスなど、現代の技術に革命をもたらす可能性を秘めている。しかし、これらの技術的目標を達成するためには、量子系における情報をいかに正確に操作するかという課題が残されている。

ロチェスター大学のJohn Nichol准教授(物理学)らの研究グループは、『Nature Physics』に掲載された論文の中で、量子系で情報を操作する方法として、シリコン量子ドットの電子スピンを制御する新しい方法について述べている。

「本研究成果は、半導体量子ドットの電子スピンに基づく量子ビットのコヒーレント制御の新しいメカニズムを提供するものであり、シリコンベースの量子コンピュータの実用化に道を開くものです」とNicol氏は語っている。

従来のコンピューターは、ビットと呼ばれる、0(オフ)か1(オン)のどちらかを表現する、数十億個のトランジスタで構成されている。一方、量子コンピュータは、量子ビット(qbit)とも呼ばれるものをベースにしており、従来のトランジスタのように、0か1のどちらかの状態ではなく、0と1の両方に同時になることができるのだ。

量子ビットには、光子や冷却原子、イオンを用いるものがあるが、最近注目を集めているのがシリコン量子ドット方式だ。

方式原理長所短所取り組んでいる組織
シリコン量子ドットシリコン内の電子を利用集積化しやすく、冷却器を小型化できる電子スピンの制御が難しいIntel、日立、理研、産総研imec 等
超伝導超伝導物質の電化や電流を利用・システム構築が容易
・高速な演算が可能
環境ノイズに弱く、大型の冷却器が必要IBM、Google、Rigetti Computing他
イオントラップ空中に浮遊したイオンの電子を利用・量子ビットの状態が安定
・室温で稼働できる
操作や集積化が難しいIonQ、AQT、Quantinuum他
光子光子の振動を利用・ノイズに強い
・室温で稼働できる
・光子損失によるエラーが多い
・集積化が困難
Xanadu、PsiQuantum、東大他
冷却原子レーザーで制御した冷却原子を利用・量子ビットの状態が安定
・室温で稼働できる
集積化が難しいAtomComputing、Pasqal他
ゲート型量子コンピューターの主な方式と特徴

量子ドットは大きさ数十ナノメートルの半導体で、電子を一つずつ閉じ込め、操ることのできる箱のようなものだ。そして、量子ドットに閉じ込めた電子のスピンを制御することで、量子情報の伝達を操作することが可能になる。量子ドット内の電子は、棒磁石のようにそれぞれ独自の磁性を持っている。これは、電子が負の電荷を帯びた粒子であり、あたかも高速で回転しているかのように振る舞うことから、科学者たちはこれを「電子スピン」(各電子に付随する磁気モーメント)と呼び、この有効な運動が磁性を生み出しているのである。

電子スピンは、長いコヒーレンス時間、高いゲート忠実度を持ち、高度な半導体製造技術に適合することから、量子コンピューティングにおける情報の転送、保存、処理の有力な候補である。量子ビットのコヒーレンス時間とは、ノイズの多い環境との相互作用によって量子情報が失われるまでの時間であり、コヒーレンス時間が長いということは、計算に使える時間が長いということである。そして、ゲートの忠実度が高いということは、研究者が行いたい量子演算が思い通りに行われることを意味する。

しかし、既存の半導体製造技術を応用して製造でき、集積化がし易いなどの利点があるが、シリコン量子ドットを量子ビットとして利用する際の大きな課題は、電子スピンを制御することの困難さにあった。

電子スピンを制御する方法としては、振動する高周波磁場を量子ビットに信号を与える電子スピン共鳴(ESR)が一般的である。しかし、この方法では、多くの電子スピン量子ビットが動作する極低温環境において、振動磁場の発生と精密な制御が必要であるなどの制約がある。一般に、振動磁場を発生させるためには、研究者はワイヤーに電流を流すが、その際に熱が発生し、極低温環境を破壊する可能性がある。

今回、Nicol氏らは、振動する電磁場に頼らずにシリコン量子ドットの電子スピンを制御する新しい方法の概要を明らかにした。この方法は、シリコン量子ドット内の電子が異なるスピンと谷の状態を切り替える際に生じる「スピン・バレー(谷)結合」と呼ばれる現象に基づいている。電子のスピン状態が磁性に関係するのに対し、谷の状態は電子の空間プロファイルに関係する別の性質である。

研究者らは、電圧パルスを与えてスピンと谷の結合効果を利用し、スピンと谷の状態を操作することで、電子スピンを制御することに成功した。

「このスピン・バレー結合によるコヒーレント制御法は、量子ビットの普遍的な制御を可能にし、ESRの制限である振動磁場を必要とせずに行うことができます。このことは、シリコン量子ドットを用いて量子コンピュータの情報を操作する新しい方法を与えてくれます。」と、Nicol氏は述べている。

この結果は、シリコン量子ドットの電子スピンに基づく量子コンピュータの実現に向けて大きな一歩となる事だろう。


論文

参考文献

研究の要旨

シリコン量子ドットに含まれる電子スピンは、長いコヒーレンス時間と高いゲート忠実度を持ち、高度な半導体製造技術に適合するため、優れた量子ビットである。単一スピンに基づく量子ビットでは、実時間変動磁場または実効時間変動磁場による電子スピン共鳴が普遍的な量子制御の標準的な方法である。ここでは、Siのスピン-バレー結合が、異なるスピンとバレー量子数の状態間の遷移を駆動することで、電磁場を振動させずに単一および多電子スピン状態のコヒーレント制御を可能にすることを示す。Si/SiGe二重量子ドットにおいて、スピンバレー結合によって駆動される有効な単一スピン状態間のラビ振動を実証した。スピンバレー結合は、隣接する電子間の交換結合と合わせて、有効2スピン状態の普遍的な制御を可能にし、マイクロ秒オーダーのコヒーレンス時間を持つシングレット-トリプレットおよびトリプレット-トリプレット振動を駆動することができる。この結果は、スピンバレー結合が半導体量子ドットの電子スピンに基づく量子ビットのコヒーレント制御のための有望なメカニズムであることを立証している。

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