CRISPR-Cas9の登場は、遺伝子工学に劇的な変化をもたらした。ただ、エラー率が比較的高いこと、また有害な可能性のある変異を引き起こす可能性もあった。今回、ドイツの研究者たちは、DNAを切断するのではなく、ニックを入れることでエラーを減らす、より洗練されたツールを開発した。
分子ハサミも使いよう
CRISPR-Cas9は、間違いなく今世紀で最も画期的な発明の1つだろう。それどころか、バイオテクノロジーの世界でも最大の発明と言われている。開発者のJennifer Anne Doudna教授とEmmanuelle Marie Charpentier教授はその功績を称えられ、2020年のノーベル化学賞を受賞している。
CRISPR-Cas9は、さまざまな病気の遺伝子治療に革命をもたらす可能性があり、作物の収量や栄養を改善し、有益な微生物を生み出し、その他のさまざまな用途に活用できる。それは「分子はさみ」のペアのように機能し、遺伝子のカットアンドペーストを可能にした。これまでの技術と比べて精度が別次元に高いだけでなく、数週間練習すれば高校生でもできるようになるほど実験操作も簡便なことも画期的だった。
ただ問題は、CRISPR-Cas9には、稀にDNAの誤った部分に変化を与えてしまう可能性があることだ。これはオフターゲット変異と呼ばれ、健康上の問題を引き起こす可能性がありる。また、正しい標的を捉えたとしても、DNAの修復過程がうまくいかず、オンターゲット変異と呼ばれるものを引き起こす可能性も残される。
マックス・デルブリュック分子医学センター(MDC)とベルリン・フンボルト大学の研究者らは、このオンターゲット変異とオフターゲット変異を防ぐことを主眼に研究を行った。研究チームは、これまで「切断」するために使っていた分子ハサミを、「切り込みを入れる」形で利用することで、この問題を解決する事に成功した。
新しい分子ハサミでは、DNAの二本鎖全体を切り裂くような1つの大きな切り口を作るのではなく、DNA1本分の2つの小さな切り口を作りだす。この切り口は、内蔵されたスペーサーによって、200から350塩基対の間隔が保たれるようになっている。この間隔については実験結果から必要かつ最適な距離である事が確認されたようだ。研究の共同著者であるVan Trung Chu博士は以下のように述べている。
造血幹細胞やT細胞を用いた実験から、この距離がオンターゲットとオフターゲットの両方の変異を最小限に抑える最適な距離であることがわかりました。これ以上短くすると、2つの別々のハサミを使用しているにもかかわらず、DNA分子全体を切断してしまう危険性があります
研究チームは、実験皿の中の細胞を用いた実験で、新しいスペーサー・ニックツールは従来のCRISPR-Cas9と同程度の編集効果を示し、処理した細胞の20~50パーセントが修復されたことを確認した。そして、ここが重要だが、この新しいツールの方がエラーを減らすのにはるかに優れているということだ。結果としてオンターゲットの変異は、CRISPR-Cas9では40%以上発生したのに対し、スペーサー・ニックでは2%未満しか発生しなかった。更に、オフターゲットの変異は、ほぼ見られなかったとのことだ。
研究チームは、今後、このスペーサー・ニックツールを動物で試験した後、ヒトでの臨床試験に進むことを期待している。最初のターゲットとして考えられているのは、遺伝性の血液疾患の治療とのことだ。患者から採取した造血細胞を採取して、細胞培養の中で欠陥遺伝子を直接修復する。スペーサーニックによる作業が終わったら、修復された幹細胞は再び患者に投与され、新しい、健康な血液細胞を作り出すはずだ。
コメントを残す