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「ドレイクの方程式」で有名なフランク・ドレイク氏が9月2日死去、享年92歳

異星人はいるのか?」という話題の中で、恐らく多くの方が耳にしたことがあるであろう「ドレイクの方程式」の生みの親で、地球外知的生命体探査(SETI)のパイオニアである、アメリカの天文学者フランク・ドレイク氏が9月2日に亡くなった。92歳だった。

ドレイク氏は、彼の名前が付けられた方程式で恐らく最もよく知られているだろう。この方程式は、我々の暮らす天の川銀河に、検出可能な異星人社会がいくつ存在するかを推定する公式である。ドレイクは、電波望遠鏡を使って地球外文明からの信号を探索する「オズマ計画」を開始した翌年の1961年に、この有名な方程式を考案した。

「オズマ計画」は、それまで明確な方向性のなかった地球外知的生命体の探索に、新しい技術と新しい考え方をもたらし、それがその後のSETIの発展に繋がっている。

フランク・ドレイク氏は、1930年5月28日にシカゴで生まれた。コーネル大学で工学物理学の学士号を、ハーバード大学で天文学の修士号と博士号を取得した。

1964年から1984年までコーネル大学の天文学教授を務め、1984年から1996年までカリフォルニア大学サンタクルーズ校で天文学教授職に就いていた。その後、カリフォルニア大学サンタクルーズ校の名誉教授に就任。また、SETI研究所のカール・セーガン宇宙生命研究センターの所長、同センターの評議員会議長も務めた。米国科学・工学・医学アカデミーのメンバーでもあり、1989年から1992年まで米国学術会議物理学・天文学委員会の委員長を務めるなど、多くの栄誉と責任を負っている。

科学ジャーナリストで、ドレイク氏の娘のナディア・ドレイク氏は、自身のホームページに掲載した父親への弔辞の中で、「私のパパDは多くの人に愛され、多くの理由がありましたが、何よりも今日、私は彼の人間性、優しさ、優しい精神をたたえます。人生の巨人である父は、巨人のような不在を残しました。彼は多くの人にとって特別な存在でした。だから、彼が人生に触れたすべての人に代わって、私たちはあなたを愛しています。私たちはあなたを愛しています、お父さん。あなたは私たちを愛し、私たちを教え、私たちを導いてくれました。最愛のパパD、アド・アストラ(“星の彼方へ”を意味するラテン語)。星々は幸せです。」

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