古典物理学で考えられる「絶対真空」とは、物質が存在せず・圧力が0の文字通り何も存在しない状態を指すが、量子力学の下では真空とは完全に空の状態ではなく、対生成や対消滅が絶えず繰り返される量子レベルのエネルギーを含んだ状態であると考えられてきた。
今回、ドイツのHelmholtz-Zentrum Dresden-Rossendorf (HZDR)の研究チームは、こうした真空中の「量子のちらつき」、すなわち量子ゆらぎを直接測定する史上初の実験を2024年に行い、物理学の限界を探求し、新しい法則への手がかりを得る事を企図している。
量子ゆらぎ、そして真空のエネルギー
量子ゆらぎはWerner Karl Heisenbergの提唱した不確定性原理で説明されており、物理学会は長い間、真空が完全な空ではないと認識していた。これまでにも、特定の微小な粒子の電磁場に対する変化を間接的に測定することで、この量子ゆらぎの影響が測定されているが、粒子が完全に存在しない真空中の背景エネルギーの微小な変化を測定することは特に困難だった。
HZDRの研究チームは、この現象を直接測定することができ、これを達成することで物理学の基本理論の一つである量子電磁力学(QED)の理論を検証する事が出来ると考えている。そして、もしQEDの理論と一致しない結果が出れば、アクシオンと呼ばれる新種の「ゴースト」粒子や、まったく新しい自然法則を明らかにする可能性があると指摘している。
この目的を達成するために計画されている実験は、ハンブルクの欧州X線自由電子レーザー(European XFEL)のHED実験ステーションで、HZDRが主導するHelmholtz International Beamline for Extreme Fields (HIBEF)の一環として行われる。
プレスリリースでは、基本原理は、超強力なレーザーが短く強烈な光のフラッシュを真空ステンレス鋼のチャンバーに発射することによって行われ、目的は、「真空の変動を操作して、それが魔法のように、世界最大のX線レーザーであるEuropean XFELからのX線フラッシュの偏光を変えること、つまりその振動方向を回転させることです」と、述べられている。
「それは、二つの偏光フィルターの間に透明なプラスチック定規を滑り込ませて、それを前後に曲げるようなものです。フィルターは元々光が通過しないように設定されています。定規を曲げると、光の振動方向が変わり、結果として何かが見えるようになります」と、HZDRの理論家であるRalf Schützhold教授は説明している。この例えで、定規は量子ゆらぎに相当し、超強力なレーザーフラッシュがそれを曲げるのだ。
このような変化が観察されれば、他の粒子が存在しない状態での量子ゆらぎの存在を基本的に確認することになる。これは長い間理論化されていたが、実際に証明されたことはこれまでなかった。とはいえ、チームは、世界最強のX線レーザーを使用しても、このような微細な変動を見つけるのは特に困難である可能性があると指摘している。
Schützhold氏は、「信号は非常に弱い可能性があります。1兆個のX線光子のうち、たった1つが偏光を変える可能性があるかもしれません」と、その確率の低さを説明している。
二つのレーザーを利用
元々のコンセプトでは、チャンバーに一つの光学レーザーフラッシュを撃ち込み、特殊な測定技術を使用して、それがX線フラッシュの偏光を変えるかどうかを登録することだった。これでは上記の説明の通り低すぎる。そして、変化は非常に小さいため、「ノイズに埋もれてしまう」可能性があるのだ。
そのため、研究者たちは、一つのレーザーパルスではなく、二つのレーザーパルスを使用するという新しい解決策を考え出した。
具体的には、彼らは実際に光学レーザーのペアを真空チャンバーに撃ち込み、その後、光学レーザーが交差する場所を通ってEuropean XFELのX線パルスを送りこむ。正しく行われれば、研究者たちは、衝突する光学レーザーが一種の“光の結晶”を作り出し、自然な水晶がX線を変更させるように、光の結晶によってX線パルスに影響が与えられるはずだと考えている。
「それは、X線パルスの偏光だけでなく、同時にわずかに偏向させることになるでしょう。実際に効果を測定する可能性を高めるかもしれない」と、Schützhold氏は説明する。
現在チームは、実験に最適な光の結晶効果を生み出すための理想的な角度を見つけるために、光学レーザーの衝突のさまざまな角度を計算している。
さらに、真空チャンバーに撃ち込まれる二つのレーザーフラッシュが同じ色ではなく、二つの異なる波長である場合、見通しはさらに改善される可能性があるが、「しかし、これは技術的にかなり難しく、後日実施される可能性があります」とSchützhold氏は述べている。
プロジェクトは現在、ハンブルクでEuropean XFELチームと共にHED実験ステーションで計画段階にあり、最初の試験は2024年に開始される予定だ。成功すれば、QEDを確認することができるし、異なる種類の具体的な結果が、純粋に理論的なアクシオンなどの検出されたことのないゴースト粒子が原因である可能性が示される。
「そしてそれは、これまでに知られていない追加の自然法則の明確な兆候になるでしょう」と、Schützhold氏は締めくくった。
論文
- Physical Review D: Detection schemes for quantum vacuum diffraction and birefringence
参考文献
- HZDR: Tracking down quantum flickering of the vacuum
- via The Debrief: ‘FIRST EVER’ EXPERIMENTS TO MEASURE THEORETICAL ‘QUANTUM FLICKERING’ IN AN EMPTY VACUUM SLATED FOR 2024
研究の要旨
欧州X線自由電子レーザーのヘルムホルツ国際極限場ビームラインにおけるような最近の実験的取り組みに動機づけられ、我々は2つの光学(またはそれに近い)レーザーの複合場におけるX線の複屈折散乱を計算し、様々なシナリオを比較する。量子真空回折と複屈折の実験的検出を容易にするために、最初のX線光子と最後のX線光子の差が最大になるシナリオに特に重点を置く。偏光とは別に、これらのシグナル光子とバックグラウンド光子は、伝搬方向(ミリラッド領域の散乱角度に対応)や、場合によってはエネルギーが異なる可能性がある。
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