とらえどころのない “悪魔のような”粒子が、超伝導体内で観測された。この発見は、超伝導体の仕組みの謎を解く一助となるかもしれない。
日本の京都大学、アメリカのイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校の研究者たちは、ストロンチウム・ルテニウム酸化物超伝導体(Sr2RuO4)のサンプルから、「Pines’ Demon(パインズの悪魔)」と呼ばれる、透明で電荷を持たない、とらえどころのない粒子を発見した事を報告している。これは、理論物理学者David Pinesが1956年に予言していたものだ。
電子には質量と電荷がある。従来の物性物理学の知識では、電気的相互作用によって電子はプラズモンのような集団単位を形成し、そこで個性を失って新たな質量を持つようになる。プラズモンは実に特異な準粒子である。物質の第4の状態であり、最も一般的な状態であるプラズマの量子化された振動から生じる。光が光子という粒子を持つ電磁振動であるように、他の振動も似たようなものを作り出すことができる。しかし、このプロセスは大量のエネルギーを必要とするため、室温では起こりえない。
悪魔はなぜ捕らえどころがないのか
しかし、理論物理学者のPinesは、ほとんどの金属がそうであるように、原子が複数のエネルギー帯を持つ場合、プラズモンは質量がなく電荷が中性である位相のずれたパターンで形成されることさえあると主張した。彼はこの新しい粒子を「特異な電子の運動をになう粒子」という言葉の頭文字をとって「DEM-on」(悪魔)と名付けた。(マクスウェルの悪魔 (Maxwell’s Demon)を考案したJames Clerk Maxwellに敬意を表した物とのことだ)
Pinesは、悪魔は質量を持たないので、どのようなエネルギーでも形成でき、どのような温度でも存在できると示唆した。しかし、悪魔は電荷を持たないため、光を用いて光学的性質を測定する従来の物性実験では痕跡を残さない。悪魔は光と相互作用しないため、これまでずっと捉えどころのない存在だったのである。
悪魔の発見
Pinesの悪魔の発見は、実は非常に偶然の産物だった。研究チームはストロンチウム・ルテニウム酸化物(Sr2RuO4)という金属が高温超伝導体と似ていることから研究していた。私たちは超伝導がどのようにして発生するのか正確には分かっておらず、それゆえLK-99が室温超伝導体の可能性があるとして大きな関心を集めていたのである。
研究チームは、この金属の高品質サンプルに電子を照射することで、サンプルの電子特性を調べた。これは標準的な手法ではないが、金属中に形成されるプラズモンを研究することができた。研究チームは、プラズモンのひとつに質量がまったくないように見えることに驚いた。
「最初は、それが何なのか見当もつきませんでした。悪魔は主流ではありません。早い段階でその可能性が浮上しましたが、私たちは基本的に笑い飛ばしていました。しかし、いろいろなものを除外していくうちに、本当に悪魔を見つけたのではないかと疑い始めました」と、現在Quantinuumの研究科学者である主執筆者のAli Husain博士は声明の中で述べている。
イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校の共著者Edwin Huang博士は、「Pines博士の悪魔の予言には、かなり特殊な条件が必要です。何が起こっているのかを明らかにするために、微視的な計算をする必要がありました。その結果、Pinesが説明したように、2つの電子バンドがほぼ等しい大きさで位相のずれた振動をしている粒子が見つかりました」。
研究チームは、セレンディピティ的にこれを発見したのは偶然ではないと主張している。彼らは、広く研究されていない物質を、標準的でない手法でテストしようとしていたのだ。そして、何か違うものを発見したのです。
イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校のPeter Abbamonte教授はこう説明する。「ほとんどの大発見は計画されたものではありません。新しい場所に探しに行って、そこに何か違う物があるか見るのです」。
論文
参考文献
- University of Illinois Urbana-Champaign: Demon hunting Physicists confirm 67-year-old prediction of massless, neutral composite particle
- 京都大学:Sr2RuO4での「パインズの悪魔」の観測 67年前に予言された金属の奇妙な振る舞いの発見
研究の要旨
金属の特徴的な励起はプラズモンであり、これは電子密度の量子化された集団振動である。1956年、David Pinesは、「デーモン」と呼ばれる独特のタイプのプラズモンが、2種以上の電荷キャリアを含む3次元(3D)金属に存在する可能性があると予言した。異なる帯域の電子の位相のずれた動きからなるデーモンは、音響的で電気的に中性であり、光に結合しないため、平衡状態の3次元金属では検出されたことがない。それにもかかわらず、デーモンは、混合原子価半金属の相転移、金属ナノ粒子の光学特性、ウェイル半金属のサウンダロン、金属水素化物などの高温超伝導など、さまざまな現象に重要であると考えられている。ここでは、運動量分解電子エネルギー損失分光から得られたSr2RuO4におけるデーモンの証拠を示す。βバンドとγバンドの電子から形成されるデーモンはギャップレスで、臨界運動量qc = 0.08逆格子単位、室温速度v = (1.065 ± 0.12) × 105 m s-1である。デーモンの強度の運動量依存性から中性であることが確認された。われわれの研究は67年前の予言を裏付け、デーモンがマルチバンド金属に広く見られる特徴である可能性を示している。
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