現代の物理学は、人類が自然現象を観察し、それを表すために、変数を特定し、公式を導き出し、それを元にまた新たに研究が進められ・・・・・・と言うことを繰り返しながら、少しずつ積み上げられていった人類の英知の結晶だ。
こうした現代の物理学はヒトが、ヒトの視点で導き出した世界の法則を表す言語であるが、では、「もしも人類以外が世界を観察したときにも同じような形で世界を記述するのだろうか?」という疑問が生じる。
今回、コロンビア大学の研究者達は、AIに世界を観察させて、どういった物理法則を導き出すかを実験した。その結果、AIは、これまで人類が作り出した物理学とは異なった独自の物理学を発見したとのことだ。
物理法則を人類が使っている変数とは別の変数を用いて表現し始めたAI
現代の物理学実験、例えば大型ハドロン衝突型加速器(LHC)による実験などでは膨大な量のデータが収集できるが、今のところその膨大なデータの洪水に理論的理解が追いついておらず、説明し切れていない新現象もあるという。これらについて、変数がないために、見落としている法則があることが、原因の一端である可能性があるとのことだ。今回の研究では、このような変数をAIを使って自動的に発見することはできないか、と研究者達は考えた。もし、それが可能なら、科学的発見のプロセスを大幅に改善できるはずだ、と。
そこで、研究者たちは、新しいAIアルゴリズムを開発し、その可能性を探ろうとした。この研究の目的は、ビデオカメラを使って物理的なプロセスを監視させ、観測された物理現象を適切に表すことができる最小限の基本変数の集合を特定しようとするものだ。
これは、現在の物理学に欠陥があるとか、もっと適切なモデルがあるとかいうことではない。これらの法則は、何世紀にもわたる伝統によって確立された理論や原理という既存の「言語」の上に成り立っているからこそ、存在し得たものであり、もし、他の人たちが少し違った視点で同じ問題に取り組んだとしたら、私たちの宇宙を説明する力学は同じように組み立てられるだろうかという疑問から生まれた物だ。
コロンビア大学クリエイティブ・マシーンズ研究所のロボット工学者Hod Lipson氏は、「私はいつも、もし私たちが知的な宇宙人に出会ったら、彼らは私たちと同じ物理法則を発見しただろうか、それとも別の方法で宇宙を説明しただろうか、と考えています。」と語っている。
Lipson氏によると、この実験では、AIが再起動するたびに、変数の数は同じだったが、特定の変数は毎回異なっていたとのことだ。つまりこれは、宇宙を記述する代替方法があり、我々の選択が完璧でないことは十分にあり得ることを示唆している。
実験はまず、すでに我々が理解している現象の生の映像をAIに与え、プログラムに簡単な質問を投げかけた。何が起こっているのかを説明するために必要な最小限の基本変数は何か、と?
最初の動画では、2つの振り子の角度と角速度という4つの状態変数が作用することが知られている「二重振り子」が揺れ動く様子が映し出された。
AIは数時間、映像と質問を熟考した後、答えを吐き出した。この現象を説明するには、4.7個の変数が必要だ、と。私たちが知っている4つの変数に十分近いものだが、AIが考える変数が何であるかはまだ説明されていない。
そこでチームは、既知の変数とAIが選んだ変数を照合してみた。その結果、2つの変数は腕の角度とほぼ一致したが、残りの2つの変数は謎のままだった。それでも、AIはシステムが次に何をするか正確に予測できたので、研究チームはAIが我々がまだ把握できていない何かを掴んでいるのだろうと考えた。
「角速度や直線速度、運動エネルギーや位置エネルギー、既知の量のさまざまな組み合わせなど、考えられるあらゆるものと他の変数の関連付けを試みました」と、この研究を率いたソフトウェア研究者のデューク大学助教授のBoyuan Chen氏は語る。
「しかし、完璧に一致するものはないようです…我々はまだ、AIが話している数学的言語を理解していません」。
その後、チームはAIに他の動画を見せた。最初は、波打つ腕の「エアダンサー」が風に吹かれている映像だ(AIは、これが8つの変数を持つと言った)。溶岩の映像では8つの変数を導き出した。炎の映像は24個の変数を導き出している。
毎回、変数は異なっていた。
Lipson氏は、「おそらく、ある現象が謎めいたほど複雑に見えるのは、私たちが間違った変数を使って理解しようとしているからでしょう。AIが再起動するたびに、変数の総数は一定ですが、個々の変数は変化しました」と述べている。
つまり、AIの結果が正確であれば、宇宙を説明する方法は他にもあるようで、我々の選択が完全に正しいとは言えないようだ。
研究者らによれば、この種のAIは、宇宙論から生物学に至るまで、膨大なデータによって理論的知識が追いついていない分野で、複雑な事象の発見を助けることができるという。例えば、この研究では動画が使用されたが、レーダーアレイやDNAアレイなど、あらゆる種類のアレイデータ源を使用することができるという。
Lipson氏は、多くの事象を定義する適切な変数がないことが、科学者の誤解や過小評価を招いている可能性があると主張している。「速度と加速度の概念が正式に定量化されて初めて、ニュートンは有名な運動の法則F=MAを発見することができたのです」つまり、熱力学の法則が定式化される前に、温度と圧力を表す変数が特定される必要があったのだ。
「これらの変数は、重要なことに、あらゆる理論の前触れなのです。変数がないために、他にどのような法則が欠けているのでしょうか」と、この研究の共同責任者であるコロンビア大学Fu財団の数学教授Qiang Du氏は問いかけている。
研究者らは論文で、「基礎となる物理学の予備知識がなくても、我々のアルゴリズムは観測された物理現象の本質的な次元を発見し、状態変数の候補セットを特定する」と述べている。
このことは、将来的にAIが、私たちが現在認識していない新しい概念を支える変数を特定するのに役立つ可能性があることを示唆している。
論文
- Nature Computational Science : Automated discovery of fundamental variables hidden in experimental data
参考文献
- Comumbia Engineering : Columbia Engineering Roboticists Discover Alternative Physics
- Phys.org : Roboticists discover alternative physics
- SciTechDaily : Artificial Intelligence Discovers Alternative Physics
研究の要旨
すべての物理法則は、状態変数間の数学的関係として記述される。これらの変数は、関連するシステムの完全かつ冗長でない記述を与える。しかし、計算能力と人工知能の普及にもかかわらず、隠された状態変数そのものを特定するプロセスは自動化されていない。物理現象をモデル化するためのデータ駆動型の手法のほとんどは、関連する状態変数がすでに既知であるという前提に依存している。長年の疑問は、高次元の観測データのみから状態変数を特定することが可能かどうかである。ここでは、観測された系がどれだけの状態変数を持つ可能性があるのか、またその状態変数が何であるかを決定するための原理を提案する。弾性二重振り子から火災の炎まで、様々な物理的力学系のビデオ記録を用いて、このアプローチの有効性を実証する。基礎となる物理学の予備知識なしに、我々のアルゴリズムは観測されたダイナミクスの本質的な次元を発見し、状態変数の候補セットを特定する。
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