宇宙線は、太陽や遠くの銀河、超新星など、宇宙から飛来する高エネルギー粒子の総称だ。私たちは宇宙線を直接見たり感じたりすることは出来ないが、宇宙から常に地球に降り注いでいる。
実際、実は我々が影響を受けている宇宙線は非常に多く、1分間に1本の宇宙線が地球の表面1平方センチメートルに当たっていると科学者は推定している。科学者たちは、宇宙について、また高エネルギーでの粒子の相互作用について学ぶために、宇宙線を研究している。
宇宙線は、その特性を利用して実は測定に利用されたりもしている。少し前にエジプトのピラミッドの内部を探査するための非破壊的な方法として、この宇宙線が利用されたことは記憶に新しい。そしてこのたび科学者たちは宇宙線を利用して、地下でも利用できる全地球測位システム(GPS)を考案した。この画期的なシステムは、災害対策の世界に革命を起こす可能性がある。
東京大学国際ミュオグラフィ連携研究機構の田中宏幸教授を中心とする研究チームは、新しい無線ナビゲーション技術である無線ミューメトリックナビゲーションシステム、無線muPS技術(MuWNS: muometric wireless navigation system)を開発した。
ミュー粒子検出を利用して測位システムを開発
宇宙線が地球の大気圏に突入すると、空気中の原子や分子と衝突し、ミュー粒子(ミューオン)と呼ばれる二次粒子のシャワーを発生させる。ミュー粒子は電子のような基本的な素粒子だが、重さは207倍もある。
ミュー粒子は固体の物体を透過して通過することができ、その透過の度合いは物質の密度に依存する。例えば、岩石や建物は密度が高いため、多くのミュー粒子を吸収する。
一方、電波に頼るGPSは、高度が高くなると弱くなり、散乱しやすくなる。そのため、GPSの電波を使った地下での動体検知は難しい。
田中教授らは、この宇宙線の性質を利用して、火山や原子炉の炉心、ピラミッドなど、立ち入りが困難な場所の内部をマッピングした。
MuWNSの仕組みは?
田中教授らのチームは、MuWNSの前身となる「ミューメトリック・ポジショニング・システム(muPS)」を開発したことがある。このmuPSは、ミュー粒子を使って海底の変化を検出するものだった。このシステムには、4つの地上基準局と海底の受信局が含まれていた。
MuWNSでは、地表に基準検出器、地下に受信検出器を設置し、ミュー粒子の通過を検出する。ミュー粒子の通過タイミングと方向を解析することで、地上の基準検出器と地下の受信検出器の相対位置を三角測量することが可能になる。
基準検出器と受信検出器は高精度の水晶時計で同期され、タイミングのズレを防ぎ、正確な位置決めができるようになっている。
すべてのデータを収集すると、ミュー粒子の経路を再構築し、地下のモデルや地図を作成するために使用されます。この地図は、ミュー粒子が遭遇する物質の組成や密度などの重要な情報を提供し、地下の構造や地形を可視化することが出来る。
その後、研究チームは、ビルの地下にある受信検出器を人に渡し、同じビルの6階に4つの基準検出器を置いて、MuWNSシステムのテストを行った。検出器と受信器が拾った宇宙線をスクリーニングすることで、地下ナビゲーターの経路を再構築することに成功した。
研究チームは、将来の捜索救助活動を支援し、火山の監視にも利用できる世界初の宇宙線GPSを実証した。次のステップは、MuWNSをスマートフォンに搭載できるようにすることだとのことだ。
田中氏はプレスリリースで、「受信機の検出器の大きさはチップサイズになる予定です。正確な時刻同期も必要ないので、原子時計はもういらない。したがって、スマートフォンに搭載することは間違いなく可能です。” と述べている。
論文
参考文献
研究の要旨
家庭、病院、オフィス、工場、鉱山などの自動化を実現するために、屋内や地下環境におけるナビゲーションが盛んに研究され、その実現に向けた様々な技術が提案されている。宇宙線ミューオンの相対論的で透過性の高い性質を利用し、全く新しい無線ナビゲーション技術である無線ミューメトリックナビゲーションシステム(MuWNS)を開発した。本論文では、GNSS/GPS信号が届かない場所でのナビゲーション(人)を行うために、ビル内の地下1階でMuWNSを用いた世界初の物理的デモンストレーションの結果を示す。その結果、ナビゲーション精度は、都市部での1点GNSS/GPS測位で達成可能な測位精度と同等かそれ以上であった。今後、測位に使用するローカルクロックの安定性がさらに向上すれば、MuWNSは自律型移動ロボットのナビゲーションや測位、その他の地下や水中での実用的なアプリケーションに応用できると期待されている。
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