研究者たちは、グラフェンを正確な角度にねじると超伝導体になり、エネルギーを失うことなく電気を移動できるようになるという性質から、物質の超伝導に寄与する重要なメカニズムを特定したという。これは、新たな超伝導体の設計を切り拓く画期的な発見といえる。
グラフェンは、炭素原子一つ分の厚さしかないシート状の物質だ。鉛筆の芯である黒鉛にセロハンテープを貼り付けて剥がすだけで得られるこの物質だが、研究者らは、この材料のユニークでしばしば不可解な特性に魅惑させられ、研究を続けてきた。中でも最も興味深い性質は、グラフェンを2層に重ね、その2層構造を正確に1.08度までねじると、超伝導体になり、電気抵抗が0になるという性質でだ。技術者が「マジックアングル」と呼ぶこの性質は、長いこと、そのメカニズムについて研究が続けられていた。
オハイオ州立大学の物理学教授で今回、『Nature』に掲載された論文の共著者であるMarc Bockrath氏は以下のように述べている。「従来の超伝導の理論は、この状況では通用しません。我々は、この材料がなぜ超伝導体なのか、その起源を理解するために一連の実験を行いました。」
UTダラス校自然科学・数学部物理学准教授で、この研究の著者であるFan Zhang博士は、このユニークな物理的特性に関する総説を以前に発表していた。
「従来の金属では、電子の平均速度が導電性を担っています。超伝導体では、電子はクーパー対になり、抵抗や散逸なしに一様に流れます。これに対して、ねじれた2層グラフェンでは、電子の動きは非常に遅く、その速度はゼロに近い。しかし、このような低速の電子が、超伝導はおろか、電気を通すことができるのでしょうか?」と、Zhang氏は説明する。
従来の超電導の理論では、これほどゆっくり動く電子は電気を通さないはずだと、この研究の共著者であるオハイオ州立大学のJeanie Lau教授(物理学)は言う。
「これほどゆっくり動く電子が、超伝導はおろか電気をどのように伝導するのでしょうか?まさにパラドックスです。非常に驚くべきことです」とLau氏は語った。
「超伝導は、何か他の要因から生じているはずです。私たちは、それが量子幾何学から生じることを突き止めました。」と、Zhang氏は述べている。
新たな研究は、この動きが止まってしまった電子を持つ物質に置いて、超伝導がどのように発生するのか、重要な洞察を与えるものである。
この研究成果は、2月15日付の『Nature』誌オンライン版に掲載され、電子速度を測定する新しい方法を示すとともに、量子幾何学があらゆる物質の超伝導に寄与する主要なメカニズムであることが初めて確認された。
研究者らは、マジック・アングルでねじれた二層グラフェンのデバイスを作製し、その電子の速度を測定することに成功した。そして、電場の存在下で電子-陽電子対が自発的に生成されるSchwinger効果を利用して、この材料中の電子の速度と超伝導への寄与を測定した。この発見は、相対論的素粒子物理学で予言されながら観測されなかったSchwinger効果が、超伝導体で初めて確認されたことを意味する。
そして、電子の速度がグラフェン系では、これまでで最も遅い速度であることが判明したとのことだ。これは、電子の速度が超伝導にどの程度寄与するかを突き止めることにもなるが、結果としてその寄与がごくわずかである事が判明したと、Zhang教授の理論研究グループの物理学博士課程に在籍し、論文の著者でもあるTianyi Xu氏は説明する。
実験的測定と理論的解析が、超伝導における重要な寄与が、電子の速度ではなく、通常の幾何学に類似しているが、量子多体物理学に由来する量子幾何学からであることを実証しているとのことだ。
「従来の方程式では、我々が発見した超電導シグナルの10%程度しか説明できないことがわかりました。 私たちの実験結果は、この超伝導体を構成する要素の90%が量子幾何学であることを示唆しています。」と、Lau氏は語った。
「通常の3次元空間における風船を考えてみましょう。その幾何学的特性はすべて、測定基準とその表面で定義される曲率によって決定することができます。量子電子が存在する空間についても、同じことが言えます。このいわゆるヒルベルト空間において、量子幾何学は、本研究で取り上げた超伝導や、我々が以前の研究で実証したインテリジェント量子センシングなど、信じられないような材料特性や応用を生み出すことができるのです。」と、Zhang教授の元大学生で、この論文の著者でもあるPatrick Cheung氏は語っている。
量子幾何学が可能にする超伝導は、従来にないメカニズムだ。これは、これまで常圧で150ケルビン(摂氏-123度、華氏-190度)以下でしか動作しなかった既存の超伝導体よりも高い温度で機能する新しい超伝導体を発見し設計するための基礎となる可能性があるという。
「室温で動作する高温超伝導体は、長い間、凝縮系物理学と材料物理学の聖杯とされてきました。もしそれが開発されれば、例えば、電気をより効率的に運んだり、磁気浮上式鉄道をより安価に走らせたりすることができるので、我々の生活や社会は完全に再構築されるでしょう。」と、Xu氏は述べている。
Zhang氏はさらに、「量子幾何学は素晴らしく、豊かで予期せぬ結果をもたらします。もっとエキサイティングな物理が発見されるのを待っているのです。」と、述べている。
本研究は、オハイオ州立大学、テキサス大学ダラス校、そして日本の材料科学研究所の研究者らが参加している。
論文
参考文献
- The Ohio State University: Discovering the magic in superconductivity’s ‘magic angle’
- The University of Texas At Dallas: Quantum Geometry Found To Be Newest Twist in Superconductivity
- via The Debrief: ‘MAGIC ANGLE’ SUPERCONDUCTIVITY OF 2D GRAPHENE CONNECTED TO DOUBLE-SLIT EXPERIMENT
研究の要旨
フラットバンド超伝導体では、電荷キャリアの群速度vFが非常に遅くなる。そこでの超伝導は、高温超伝導体や重い電子系などの長年の謎と関連しており、特に興味深いものである。しかし、従来のバーディーン・クーパー・シュリーファー理論では、コヒーレンス長、超流動剛性、臨界電流が消失することを意味するため、フラットバンドでの超伝導の出現はパラドキシカルに見えるかもしれません。ここでは、ねじれた二層グラフェンを用いて、超伝導ディラック・フラットバンド系における極端に小さい速度がもたらす深い効果を探索する。シュビンガー限定非線形輸送研究を用いて、モアレ超格子の充填率νが-1/2から-3/4の間で、常伝導状態のドリフト速度vn ≈ 1,000 m s–1 を極めて遅い速度で示すことを実証した。超伝導状態では、この速度制限が、相対論的超流動に類似した、臨界電流の新しい制限機構を構成していることがわかった。重要なことは、超伝導体の電気力学的応答を制御する超流動剛性の測定から、それが運動エネルギーではなく、相互作用によって駆動される超伝導ギャップに支配されていることがわかったことで、量子幾何学的寄与に関する最近の理論と一致している。バルディーン・クーパー・シュリーファーからボーズ・アインシュタイン凝縮へのクロスオーバーに特徴的な小さなクーパー対の証拠を見つけ、超伝導転移温度とフェルミ温度の比が1を超えている前例のない状態を示し、これが超平坦ディラックバンドでの超強結合超伝導にどのように起因するかを議論する。
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