光ケーブルを介し、量子もつれで2つの原子を33kmの距離で繋げることに成功

masapoco
投稿日
2022年7月9日 14:19
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2030年代には量子コンピューターが実用化されると言われる。同時に心配になるのは従来型の暗号方式が使い物にならなくなることだが、それに伴い新しい安全な通信方式として開発が進められているのが、「量子暗号」だ。今回、ドイツの科学者によって、この量子暗号の実用化に繋がるブレークスルーとも言える研究の成果が発表された。

ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン(LMU)のHarald Weinfurter教授とザールラント大学のChristoph Becher教授が率いるチームは、2つの原子量子メモリを33キロメートルの光ファイバーで結合させることに成功した。これは、通信ケーブルによる量子もつれの実証としては、これまでで最長の距離であり、高速で安全な量子インターネットの実現に向けたブレークスルーとなる。

量子もつれとは、2つの対になる粒子が密接に関連し、一方を調べれば他方の状態がわかるという不思議な現象だ。さらに奇妙なことに、ある粒子の何かを変えると、どんなに離れていても、瞬時にそのパートナーも変化してしまうのだ。このことは、情報が光速よりも速く「テレポート」されているというSFのような可能性につながる。この考えは、「spooky action at a distance(不気味な遠隔作用)」とアインシュタインが名付けたように、中々簡単には受け入れられない事実だ。

量子もつれは、情報が光速を超えて作用するという、明らかに不可能であるように見えるにもかかわらず、何十年もの間、一貫して実験で実証されており、科学者達は、その奇妙な性質を利用して、長距離のデータを素早く転送することに成功している。今回、LMUとザールランド大学の研究者らが達成した結果は、光ファイバーによる2つの原子間の量子もつれの距離記録を塗り替えたものだった。

研究チームは、LMUキャンパス内の2つの異なる建物に光学的に捕捉した2つのルビジウム原子をもつれさせた。これらの原子は、700 mの光ファイバーで隔てられており、コイル上にファイバーを追加することで、最大33kmの接続を実現することができた。それぞれの原子は、レーザーパルスで励起され、原子と量子もつれた光子を放出した。

光子は光ファイバーケーブルを伝って、中間地点にある受信ステーションで合流する。そこで、光子は共同測定を受け、それらがもつれ合う。また、それぞれがすでに独自の原子ともつれ合っているため、2つの原子も互いにもつれ合うことになる。

「今回の実験の特徴は、2つの静止粒子、すなわち量子メモリーとして機能する原子を本当にもつれ合わせることに成功したことです」と、この論文の筆頭著者であるTim van Leent教授は語っている。「これは、光子をもつれさせるよりもはるかに難しいが、より多くのアプリケーションの可能性につながります。」

これまでにも光子のもつれ合いは行われていたが、今回の研究は、「量子メモリー」ノードとして機能する2つの原子を光ファイバーでもつれ合わせるという、新たな距離の記録を打ち立てたものだ。光子の波長は780ナノメートル(nm)であるため、通常は数キロメートルも進むと失われてしまう。そこで研究チームは、光通信を開始する前に、光子を波長1,517 nmに変換する装置に通した。これは、光ファイバーの通信用として一般的に使われている1,550nmに近い波長で、損失を少なくすることができる。

「こうしして、光ファイバーの長距離伝送においても、光子損失を大幅に低減し、もつれ量子メモリーを作成することができました」とWeinfurter教授は語る。

研究チームによると、開発したシステムが大規模な量子ネットワークの構築や安全な量子通信プロトコルの実装に利用できるのではないかと考え、これが実用的な量子インターネットの実現に向けた重要なステップになるとしている。

Weinfurter教授は、「この実験は、既存の光ファイバーインフラを利用した量子インターネットへの重要な一歩となります。」と語っている。

このような通信ネットワークは、現在使われているものよりもはるかに高速で安全なものとなり、重要なのは、この研究が、既存の光ファイバーインフラを使って運用できることを示していることである。この技術は、数千キロメートルに及ぶもつれ合い光子のビーム伝送能力を実証した人工衛星などの技術と組み合わせることが可能である。



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